こんにちは。1週おきにこのメールを担当しております、日経バイオテク記者の増田智子です。

 新学期が始まりました。児童・生徒・学生は新しい教科書を使って勉強を始める季節です。私は、高校の生物の時間の学習内容に興味があり、機会を見つけては内容をチェックしたり、執筆者の話を聞きに行ったりしています。

 日本進化学会、新学習指導要領の生物教科書執筆者が教科書づくりについて発表、
「入試問題作成者は複数の教科書の参照を」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130828/170583/

 海外の状況についても関心はありますが、距離ができればできるほどその強度は減衰しがちです。ただ日本でも導入の準備が進んでいる「国際バカロレア(IB)」の「Biology」については特別な注意を払っていました。IBは「国際バカロレア機構」によって認証された学校でのみ取得可能な資格で、高校相当(大学入学資格として使える)の資格は「ディプロマ・プログラム(DP)」と呼ばれています。もともとは、親の転勤について各国を転々としているインターナショナルスクールの生徒が、親元を離れて母国で学校に通わなくでも大学に進学できるようにするために設置されたもの。グローバルに活躍する人材育成のために、日本でもIBディプロマを取得できる学校を増やそう、と文部科学省などが計画しています。例えば東京都でも都立国際高校が2016年度から導入することが決まっています。

 つい先日、IBで高校生物の教科書に相当する「Ib Biology Course Book: For the Ib Diploma(Oxford University Press)」の2014年版が出版されたので、ざっと中身を見て、学習指導要領の「生物」と比較してみました。

・Ib Biology Course Book:目次

1、細胞生物学(細胞のあらまし、細胞の全体的な構造、細胞膜の構造、細胞膜輸送、細胞の起源、細胞分裂)
2、分子生物学(分子から代謝へ、水分、炭水化物と脂質、たんぱく質、酵素、DNA・RNAの構造、DNAの複製・転写・翻訳、細胞呼吸、光合成)
3、遺伝学(遺伝子、染色体、減数分裂、遺伝、遺伝子操作とバイオテクノロジー)
4、生態学(種・生物群集・生態系、エネルギーの流れ、炭素循環、気候変動)
5、進化と生物多様性(進化の証拠、自然選択、分類・生物多様性、分岐学)
6、ヒトの生理学(消化と吸収、血液循環、感染防御、ガス交換、神経細胞とシナプス、ホルモン・恒常性の維持・生殖)
7、核酸[AHL](DNA構造と複製、転写と遺伝子発現、翻訳)
8、代謝、細胞呼吸と光合成[AHL](代謝、細胞呼吸、光合成)
9、植物生物学[AHL](細胞の木部での輸送、細胞の師部における輸送、植物の生長、植物の生殖)
10、遺伝学と進化[AHL](減数分裂、遺伝、遺伝プールと種分化)
11、動物の生理学[AHL](抗体産生と免疫、運動、腎臓と浸透圧調整、有性生殖)

A)神経生物学と行動(神経系の発達、ヒトの脳、刺激に対する反応、生得的行動と学習行動、神経薬理学、動物行動学)
B)バイオテクノロジーとバイオインフォマティクス(微生物学;産業利用、農業バイオテクノロジー、環境保護、医薬、バイオインフォマティクス)
C)生態系とその保存(種と生物群集、生物群集と生態系、ヒトが生態系に与える影響、生物多様性の保護、個体群生態学、窒素・リン循環)
D)ヒトの生理学(ヒトの栄養、消化、肝臓の機能、心臓、ホルモンと代謝、呼気の輸送)

必須提出課題について

([AHL]は生物において「ハイレベル」を選択した生徒向け。A-Dはオプション項目)

・日本の学習指導要領の「生物」

(1) 生命現象と物質
ア 細胞と分子(a)生体物質と細胞(b)生命現象とタンパク質
イ 代謝(a)呼吸(b)光合成
ウ 遺伝情報の発現(a)遺伝情報とその発現(b)遺伝子の発現調節(c)バイオテクノロジー
エ 生命現象と物質に関する探究活動

(2) 生殖と発生
ア 有性生殖(a)減数分裂と受精(b)遺伝子と染色体
イ 動物の発生(a)配偶子形成と受精(b)初期発生の過程(c)細胞の分化と形態形成
ウ 植物の発生 (a)配偶子形成と受精、胚発生(b)植物の器官の分化
エ 生殖と発生に関する探究活動

(3) 生物の環境応答
ア 動物の反応と行動(a)刺激の受容と反応(b)動物の行動
イ 植物の環境応答(a)植物の環境応答
ウ 生物の環境応答に関する探究活動

(4) 生態と環境
ア 個体群と生物群集(a)個体群(b)生物群集
イ生態系(a)生態系の物質生産(b)生態系と生物多様性
ウ 生態と環境に関する探究活動

(5)生物の進化と系統
ア 生物の進化の仕組み(a)生命の起源と生物の変遷(b)進化の仕組み
イ 生物の系統(a)生物の系統
ウ 生物の進化と系統に関する探究活動

 日本の高校では「生物」の前段階として「生物基礎」を履修することになっており、また中学で勉強済みという内容もあります。それらを考えると、植物関連と人体で教える量のバランスが違う、などの細部を除けば、生徒が高校までで勉強する内容にはあまり違いはない、という印象です。自然科学は宗教のバイアスなどが入らなければ世界共通なので、これは当然といえます。

 Ib Biology Course Bookと日本の生物の学習指導要領における内容の重み付けで、おそらく最も大きな違いは、Ib Biology Course Bookが冒頭で記載している“A note on academic honesty”(学問に対する誠実な態度についての注意)の記述でした。この部分を日本語に訳すと、

 「特定の情報をあなたの課題で使用するとき、その情報源について告知することと、それを正確に記載することは非常に重要です。何といってもアイディア(知的財産)の持ち主は所有権を持っています。本物の課題を作るためには、それがあなたの個人の独自のアイディアに基づいている必要があり、その際利用した他人の業績については全てを表示しなければなりません。さらに、全ての課題は、文書であれ口頭試問によるものであれ、あなた自身の言葉と表現で完成させなければなりません。他人の成果を使ったり、引用したりした箇所では、直接的な引用であれ要約であれ、その情報源が明示されなければなりません。(以下、かなり長く続くが略)」

 IBディプロマの資格を得るためには、生徒が選択した科目で「課題」を提出しなければならないので、その研究の仕方を説明した章が巻末にあるのですが、そこでもほぼ同じ記述が繰り返されていました。IBははっきり言うとエリート教育なので、日本の普通の高校生が全員大学へ進学するわけではないし、研究者になる人はその中で本当にごく一部にすぎないし、それにこういった教育を施したからと言って剽窃が無くなるわけではないかもしれません。それでもまだ若い高校生ぐらいの時に原則を教えておく作戦は悪くないように思えます。

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                        日経バイオテク 増田智子