こんにちは。隔週でこのメルマガを担当している日経バイオテク副編集長の河野修己です。日本薬学会第134回年会の取材のために熊本にやってきました。東京は桜の開花宣言が出たばかりですが、熊本は既に満開となっています。会場への道すがら熊本城の横を通りましたが、これ以上はないという状態で咲き誇っていました。本日は快晴で気温も高めです。今の時期は夜もお城に入場できるようなので、夜桜見物をしない訳にはいかないでしょう。

 さて、本題に入ります。第一三共が3月6日に「新型インフルエンザワクチン開発・生産体制整備事業(第2次事業)についてのお詫びとご報告」というリリースを出しました。第一三共グループの北里第一三共ワクチンは、国から300億円を受け取り、新型インフルエンザのパンデミック発生時に4000万人分のワクチンを供給できる体制の整備に取り組んでいました。しかし、「期限とされている2014年3月末までには整備が間に合いません」と公表したというのがこのリリースの主旨です。
http://www.daiichisankyo.co.jp/news/detail/006085.html

 思い出していただきたいのですが、約1年前の2013年4月14日、「業界が注視する北里第一三共、4000万人分のインフルワクチン供給は実現するのか」というタイトルの記事をこのメルマガで配信しました。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130414/167410/

 1年前にこういう記事を配信したのは、既にこの当時、ワクチン業界で「北里第一三共はほんとに大丈夫なのか」という声があちこちから上がっていたからです。ここでもう一度、当時の状況を振り返っておきましょう。

 厚生労働省が「新型インフルエンザワクチン開発・生産体制整備事業(第2次募集)」に4社を採択したのは2011年8月です。採択されたのは、北里第一の他は、武田薬品工業、化血研、阪大微生物病研究会。各社の割り当て分と助成金額は、北里第一三共(4000万人分、300億円)、化血研(4000万人分、240億円)、武田薬品(2500万人分、240億円)、阪大微研(2500万人分、240億円)となっていました。採択企業には2013年3月末までにワクチンを承認申請し、2014年3月末までに承認を取得すると共に製造工場を完成させることが求められていました。

 ところが、2012年11月に阪大微研が、事業からの撤退を発表しました。阪大微研はフェーズI/IIにおいて、ウイルスのHAたんぱく質換算で7.5μg/dose、15μg/dose、30μg/doseの3用量を試したのですが、最高用量でも十分な有効性を得られないことが判明しました。投与量を増やすためには当初の計画より数倍規模の製造規模が必要になるため採算が合わず、撤退することになったのです。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20121123/164622/

 阪大微研はウイルス培養にMDCK細胞を使用し、アジュバントには水酸化アルミニウムゲルを使っていました。一方、化血研はEB66細胞で培養し、アジュバントはスクアレンを使用しています。武田薬品はベロ細胞で、アジュバントは使用していません。そうして北里第一三共はというと、阪大微研と同様にMDCK細胞とアルミニウムアジュバントの組み合わせでした。業界関係者は当然、北里第一三共の目標達成に懸念を持ち始めました。

 その懸念を裏付けるように、武田薬品と化血研は2013年3月までに承認申請しましたが、北里第一三共だけは4月になっても申請できずにいました。1年前の記事を配信したのは、そうした時期だったのです。

 この記事には
「今後、北里第一三共ワクチンが迎える状況は、次の4つが想定できます。
1 フェーズIIIで良好な結果を得ており、当初の予定通りの投与量で承認申請できる
2 阪大微研と同様の状況に追い込まれており事業から撤退する
3 当初の予定より高い投与量が必要となっており、製造設備のキャパシティーに
限界があるので、4000万人分の一部の返上を申し出る
4 当初の予定より高い投与量が必要となっているが、追加投資を行って製造設備を
増強し、4000万人分を維持する」
と書いてあり、3か4になる可能性が高いと結論づけています。先日の北里第一三共のリリースは、この予想が正しかったことを示しています。

 その後、北里第一三共も無事、承認申請にこぎ着けました。現時点では武田薬品のワクチンは既に承認されており、北里第一三共と化血研のワクチンは2月28日に薬食審・医薬品第二部会を通過しました。しかし、ここでも驚くべきことが起こりました。

 北里第一三共のワクチンについては、1回当たりの投与量である1mLに含まれるHAたんぱく質量として、30μg/mLと60μg/mLの2種類の承認が了承されたのです。厚労省は「H5N1ウイルスの強さや流行の仕方によって用量を決定する」と説明しています。つまり、ウイルスによっては30μgでは効かないということです。結局のところ、北里第一三共の臨床試験でも、30μg/doseで十分な有効性が得られなかった阪大微研の臨床試験と同じことが起こっていたわけです。

 武田薬品、化血研の製品は1種類しかありません。状況によって投与する抗原量を変えなければならない製品と、そうする必要が無い製品、どちらが優れているか議論の余地はないでしょう。2009年の新型インフルエンザのパンデミック発生時には、国内で製造されたワクチンと緊急承認された海外製品が販売されましたが、なじみのない海外製品が嫌われ、国内製品の奪い合いが起こりました。もし次のパンデミック時に3社の製品が投入された場合、武田薬品と化血研の製品の確保合戦が起こる可能性があるのではないでしょうか。

 しかも、現時点では北里第一三共の供給能力は30μg/mLで2000万人分、60μg/mLでは1000万人分しかありません。新型インフルエンザのパンデミック時のワクチン供給は、医薬品ビジネスというよりも国民の安全保障に関連する公益事業としての性格が強い事業です。国益を第一に考えるなら、北里第一三共は自社の製品を放棄し、武田薬品か化血研からワクチン製造を受託することも選択肢として検討するべきでしょう。

 もう1つ指摘しておきたいことがあります。1年前の記事執筆時における第一三共コーポレートコミュニケーション部の取材対応は、はなはだ不誠実だったと考えざるを得ません。フェーズIIIは数カ月前に完了していたにもかかわらず、そのプロトコールや用量設定、どのような試験結果を得ているのかなどについて、一切の情報開示を拒否しました。もしこの時、フェーズIIIで60μg/doseが設定されていることが分かっていれば、何が起こっているかを業界が認識できたはずです。そもそも、臨床試験の結果は社会で共有すべきものであり、結果が判明したら速やかに公表されるべきものではないでしょうか。