当社は来年4月でいよいよ創業10周年を迎えようとしています。去る12月6日のマザーズ上場をひと区切りとして,ウイルス研究に基づく創薬をこれからも腰を落ち着けて続けて行きたいと考えています。

 当社の創業以来“Festina Lente”を会社の標語としてしており,作家の開高健氏はこの言葉を「悠々として急げ」と訳されています。2008年のリーマンショック以来,当社も,そして日本のバイオベンチャー業界もその研究開発活動への資金不足が大きな足枷となって,バイオによる医療イノベーションは世界に大きく水を開けられることになりました。iPS細胞開発はまだスタートラインに立った段階と言ってよいと思います。しかし2013年となり,日本にはようやく再びバイオへの投資が復活し,我々バイオベンチャーも新たなイノベーションに向かって「悠々として急げ」と言える時代に差し掛かってきているように思います。

 今年になってからの,当社に関わる世界の大きな変化としあげられるのは,EMEAがGlyberaというリポプロテインリパーゼ(LPL)欠損症患者に対するアデノ随伴ベクター(AAV)を用いた遺伝子治療を認可した点にあると思います。1990年代に入ってから熱を帯びた遺伝子治療は,1999年にペンシルベニア大学で発生した臨床研究の事故によって,一旦その開発は止まってしまったかに思われていますが,それは日本の見方であって,世界では根強くその開発は続けられてきました。その一つがGlyberaであり,更にAmgen製薬はヘルペスベクターを用いたOncoVEXで皮膚がんに対するPhase IIIを成功させたBioBex社を約1000億円で買収するというニュースも今年発表されました。このように,日本ではすっかりあきらめられていたウイルスベクターの評価が,欧米では見事に進捗していたわけです。

 同じ歴史は,抗体医薬にもあります。1980年代半ばに一度,大きな山がありました。れは,Endotoxin抗体やTNF抗体によって始められ,医薬品開発では最も難易度が高い領域であるSeptic Shock(敗血症)に向けられました。しかし,それらのPhaseIIIの成績はすべてNegativeに終わり,「やはり抗体は駄目か」という空気が業界に流れました。しかしそれから10年以上が経過した1990年代後半にリウマチをはじめとする免疫疾患などに抗体医薬が認可され,世界の医薬品マーケットに大きなポジションを占めるようになったことは言うまでもありません。

 ウイルスベクターが抗体医薬と同じ道のりを辿るかどうかは分かりません。しかし,それを成功に導く重要なポイントは,遺伝子治療を医薬品として発展させるべく企業努力と資金を集中投下できるかどうかにかかっていると考えています。我々バイオベンチャーは,大手製薬企業が目を向けないか,または手を付けられない領域を攻めてゆくことこそがイノベーションにつながってゆく唯一の方法だと考えています。当社が開発しているテロメライシンもようやく新たな癌の局所療法を確立するべく,POCを検討するPhase IIに入る準備が整いつつあります。新しい癌治療イノベーションへのステップを「悠々として急げ」の気持ちも新たに,再び踏み出したいと考えています。