歴史をひもとくまでもなく、技術を基礎とした産業の勃興には必ずその技術のさらに基礎となる研究がそれに先立って存在している。この基礎研究の発展が技術を生み、そして産業の勃興につながる。これは今までエレクトロニクス産業を始めほとんどの技術を基礎とする産業の勃興の鉄則であるといえる。ここで敢えて技術を基礎とする産業の勃興と申したが、基礎研究の定義をやや広げるとすべての産業の勃興に当てはまるのではないか。問題は基礎研究、技術の成熟から何時、実際に新しい産業がテイクオフするかの見極めであろう。この点、振り返ってみると、いわゆるバイオブームは今まで何回も訪れた。

 まず1970年代に遺伝子のクローニングが可能になった時であるが、ジェネンテックのようなバイオ企業を生み出したが、皆が期待するような新しいバイオ産業はほんの一部の分野以外は起こらなかった。また、今世紀初頭において、ヒト全ゲノムが解読された時のフィーバーを思いおこしていただきたい。この結果、がんの特効薬をはじめ、挙げ句の果ては長寿の薬まですぐに見つかるだろうという狂乱の時代でもあった。 

 さて、周知のように、これら過去のバイオブームは、大方の期待を裏切って、期待された革命的なバオ産業の勃興には至らなかった。その原因は、今から考えると極めて単純で、只単に、当時、生命現象に関する我々の知識がまだまだ不十分であったからにすぎなかったからである。確かにクローニングなど技術的ブレークスルーがあったとはいえ、きわめて複雑な働きをする生命の全体像を明らかにするには、我々の当時の知識は足りず、ゲノムを解読しただけで、生命現象のほとんどを理解したと我々は単に思い上がっていたにすぎなかったことの裏返しであったと云ってよい。生命現象がいかに複雑であるか、我は思い知ったのである。

 さて、ヒトのゲノムの解読から十数年、実はこの間、ゲノム情報を基にした基礎的研究の進歩、バイオインフォマティクス、遺伝子改変マウス、DNAチップなどの新しい技術の発展によって、生命の全体像が脳神経系、老化などの限られた分野を除いて、現在ようやっと、ほぼその輪郭が明らかになりつつあるのではないのだろうか。思えば、ワトソンとクリックがDNAの構造発見からちょうど60年、長い年月であったが、初めて我々は、様々な病気を含む生物現象とそのもととなる生体内の分子反応との関係を明らかにしつつあると云ってよい。こうなると、これから正に、医療、製薬、農業など多くのバイオ関連産業において、ようやっと革命的な変化が起こり始めているのではないかと、私は非常に強い期待をもって注視している。現にバイオ医薬等のその兆候が顕著にみられる。三度目の正直ではないが、今後当面続くと思われるバイオ産業の本当の離陸の時が、今、正に我々の目の前にあるのではないだろうか。これが2014年新年を迎えての久しぶりに明るい私の感想である。