新春展望2014、脳科学の未来とビジネスチャンス:米国の脳研究プロジェクト

(2014.01.01 00:00)
ハーバード大学・脳科学センター 山形方人 

 2013年4月2日、ホワイトハウス。オバマ米大統領が、BRAIN initiativeを発表した(詳しくはこちら)。ケネディー大統領の人類月面着陸計画、バイオ医学系初の巨大プロジェクトとなったヒトゲノム計画。これらにも匹敵する脳、神経科学の巨大科学プロジェクトに取り組むという宣言である。BRAINは、Brain Research through Advancing Innovative Neurotechnologiesの略であり、英単語「Brain」ではない。最先端の革新的な技術による脳研究がBRAIN initiativeだ。そのゴールは、脳の構造、とりわけ脳を構成するニューロンが作る神経回路や脳が働く時の活動の様子を、マクロからミクロまで完全に明らかにしてしまおう、つまり「脳マップ」の完成である。

 なぜ、今、BRAIN Initiativeなのか。1990年代、父ブッシュ大統領の時代に策定された「Decade of the Brain」と呼ばれたプロジェクトがあった。これは、一般的な脳、神経科学の研究推進とともに、大衆に脳研究の大切さを伝えるという点に重点が置かれていた。事実、米国からは、この時期以降、神経科学領域で多くのノーベル賞受賞者が輩出し、脳科学が面白いという大衆の理解や知的好奇心も深まったのである。社会的な負担が大きい精神神経疾患の解決、脳科学の知識の教育や社会科学への応用という観点からも、多くの関心が持たれ、神経経済学を始めとする新語が登場し始めた。

 それから20年、特に情報科学技術の発達により、ビッグデータの時代が現実的に到来している。大規模なデータを集め、保存、整理、分析、活用するということが日常的に行われるようになってきたのだ。1990年、家庭では、フィルムカメラで撮影した写真をプリントしては、アルバムに貼り付けて整理していた。今や、家庭のパソコンの中は、整理できないほどのデジタル写真でいっぱいである。脳科学に利用される革新的な技術の発明や普及も著しい。脳の活動領域の推定を可能にしたfMRI、ニューロンの活動を光を使って思うがままに制御できるオプトジェネティックスなどはその例である。まさに、「脳マップ完成」という夢を実現する技術が続々と出現しているのだ。

 果たして、脳科学にビジネスチャンスがあるのか。オバマ大統領は、「ヒトゲノム計画への1ドルの投資が、140ドルになった」と指摘した。まさに100倍返しである。1980年台、ヒトゲノム計画が議論された当初、この投資効果を想定できた人がどれだけいたであろうか。BRAIN Initiativeは、この状況と酷似している。得られる脳に関するビッグデータは、ゲノム配列が無料公開されてバイオテクの諸場面で利用されているのと同様に無料で公開されるだろう。それを活用しての、医療、創薬といった分野への応用の可能性は説明を要しない。脳の働く仕組みがわかれば、その知識は工学にも応用できる。商品を多く売るという経済学、犯罪者を裁く法廷へのインパクトもある。例えば、DNA鑑定が法廷で使われるように、ある特定ニューロンの問題が犯罪と因果関係があるなどという議論さえでてくる可能性もある。

 更に、期待されるのは大型ロケットの開発に見られるような周辺分野への波及効果である。この夢のプロジェクトの実現には、生物医学系の技術だけではなく、情報技術、工学、物理学、化学、ありとあらゆる科学技術分野の先端技術の導入が鍵を握っている。神経科学者だけでなく、こういう周辺分野の研究者も大きな関心を持っているのが、このプロジェクトの特徴である。

 BRAIN Initiative元年となる2014年。これから複数回に渡って、著者が深く関心を持ち研究に関わる「コネクトーム」など、このBRAIN Initiativeに関わるいくつかのトピックスについて、米国での現状を中心に説明してみたい。

PR・告知製品・サービス一覧人材・セミナー・学会一覧