こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。

 現在、台風の直撃を受けている沖縄に滞在中です。日本臨床精神神経薬理学会、日本神経精神薬理学会の合同年会の取材のためですが、会場の沖縄コンベンションセンター周辺も強風が吹き荒れています。学会関係者はさぞかし心配したでしょうが、なんとかフライトがキャンセルになるほどの荒天にはならなかったため、年会は通常通り開催されています。精神神経系の学会を取材する機会はそれほどあるわけではないのですが、「災害などの記憶を消してPTSDを治療することは可能か」など興味深い発表が多々あります。

 さて、最近、「ジェネンテック~遺伝子工学企業の先駆者~」という書籍を読んでみました。タイトルの通り、大手バイオテク企業、ジェネンテック社がどういった経緯で設立され成長したかを詳述したものです。

 私がバイオテクノロジーの世界に関わるようになったのは2005年ですので、私にとってジェネンテック社は画期的抗がん剤「アバスチン」を初め、数々の大型バイオ医薬品を生み出した大企業としての印象しかありません。しかし、そのジェネンテック社も最初は小さなベンチャー企業でした。

 同社の創業者は、DNA組み換え技術を発明したハーバート・ボイヤーと失業中だったベンチャーキャピタリストのロバート・スワンソンです。人工DNAを利用して微生物にたんぱく質を作らせれば医薬品産業に革命を起こせると気がついたスワンソンが、ボイヤーを口説いて会社を作ったのがジェネンテック社の始まりです。

 現在ではにわかに信じられませんが、当時は組み換えDNAにより微生物にヒトたんぱく質を作らせることが本当に実現できるのかどうか、誰にも分かりませんでした。そのため、スワンソンは最初、資金集めに苦労することになります。また、ジェネンテック社の最初のプロジェクトであるソマトスタチンの発現実験では、NIHへのグラント申請が却下されてしまいます。理由は、支援期間の3年間ではソマトスタチンのDNAを作製できないと思われたからでした。

 こうしたエピソードを知ると、これまでの自分自身の取材を少々、反省してしまいます。例えば、核酸医薬の取材となるとついつい「核酸医薬は本当に普及するのか」といった質問をするのですが、それは核酸医薬の実用化が当初の見込み通りには進んでいないからです。「このまま消えてしまうんじゃないの」と多少は思っているからこういう質問をするわけです。しかし、振り返れば、抗体やキナーゼ阻害薬も初めはとても薬にはならないと思われていたわけです。革新的な技術は、その可能性を信じ続ける人がいるからこそ世に出てくるということを、この本を読んで改めて認識した次第です。