皆さん、お元気ですか。

 文部科学省の科学学術・学術審議会人材委員会で東京農工大学の視察を終了したところです。ここはイノベーション人材教育、女性研究者支援プログラム、テニュアトラックプログラムの3プログラムで全国をリードする実績を上げています。今回の訪問はその謎を解くことが最大の課題でしたが、私なりの解答は、1)農学と工学という理科系学部だけで構成されているコンパクトさと共に理科系であることから、社会の動きに対する対応が機敏で、論理的に合意形成を行い易い体制にあること、2)その結果、学長のリーダーシップが浸透し、意思決定が極めて早く、全学に徹底できること、3)教官、事務職員、そして学生の垣根が低く、イノベーション人材教育などでは学生だけでなく、教官と事務職員も同じディベートなどに参加しているほどの組織のフラットさ――など。こうした優位性は考えて見れば見るほど、東京大学や京都大学など総合大学が時代の変化に対応することが困難である理由と鏡面対称にあることが判ります。今後、大学の数は合併吸収によって減少し、総合化が進むでしょうが、総合大学の罠にわが国の大学が填まりかねないことを懸念します。総合大学のガバナンスシステムの革新も進めなくてはなりません。今度の臨時国会で、今年施行された労働契約法改正による5年間の雇い止めによる大学・研究機関での混乱を防止するため、議員立法で研究開発協力法が提出されることも判りました。雇用不安に怯えていた任期制研究員にまず朗報をお伝えいたします。しかし、まだ成立するかどうか判らないので油断は禁物です。

 さて個の医療です。

 がんワクチンでも、個の医療化が不可避であることを、今週の月曜日の日経バイオテクONLINEメールでお知らせいたしました。がん治療の第四の柱となるがん免疫療法で、がんワクチンが貢献するために、個の医療化、免疫抑制解除薬との併用が必要だと主張いたしました。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130909/170779/

 上記の記事で一部事実誤認がありましたので、ここで改めて解説したいと思います。このご指摘をいただいたのは、欧州出張直前にも拘わらずメールをまとめていただいたオンコセラピー・サイエンス社の角田社長です。感謝しなくてはなりません。DERMA試験で用いられたMAGE-3Aはペプチドワクチンではなく、がん特異抗原MAGE-1aの組み換えタンパク質でありました。角田社長によれば、たんぱく質が惹起する免疫反応は、主に抗体を中心とした液性免疫になるとのこと。MHCクラスIが認識するがん特異たんぱく質のペプチド断片を選別したがんペプチドワクチンでは、キラーT細胞など細胞性免疫を誘導するというのです。勿論、MAGE-3Aのたんぱく質は体内で注射すれば樹状細胞などに取り込まれ、一部はMHCIで抗原提示されるとは思いますが、細胞性もしくは液性免疫のどちらが主に惹起されるかは、抗原とアジュバント、そして患者の状態によって大きく変わる可能性があります。がんワクチンやがんペプチドワクチンという大雑把な分類では、抗がん作用を発揮する免疫系を必ずしも特定できないのです。

 また昨年12月にフェーズIII臨床試験で全生率の改善に失敗したStimuvaxもがん抗原のペプチドですが、ClassI拘束性のがんペプチドではないと角田社長は指摘しています。同じペプチドワクチンでも、抗がん活性の作用機構が異なるという指摘です。たんぱく質抗原や長いペプチドワクチンは抑制性T細胞を誘導し、長期の抗腫瘍効果は期待できないとも角田社長。いずれにせよ、これはまだまだ臨床試験で実証されていかなくてはなりません。現在、急速に解明されている免疫システムですが、私はまだまだ全貌を掴んでいないと考えています。免疫学会ほど前年と違うことを主張する学会を見たことはありませんが、それだけ免疫学が発展途上にあり、しかも種によって免疫系が大きく異なることから、遺伝的にもライフ・スタイルも多様なヒトの集団に対する効果は、臨床研究からしか実証できないのです。つまりヒトの免疫学の解明が必要なのです。

 がんワクチン開発の最大の論点は主要評価項目の設定です。無増悪期間(DERMA試験の主要評価項目)か?、全生存率(Stimuvaxの主要評価項目)か?臨床試験が長引くため全生存率を嫌う企業がありますが、臨床試験のサバイバルカーブを見ると、非投与群より投与群の方が半年から1年間は生存曲線が下に行く場合が多く、無増悪期間で評価するとほとんど失敗するというのも事実です。米国や我が国でのがんワクチン(樹状細胞ワクチンやペプチドワクチン)の臨床試験でも、無増悪期間では有効性を示せないが、全生存率ではワクチン投与群が米国食品医薬品局が2011年に発表したがんワクチン開発のガイダンスでも全生存率で評価すべきと勧告しています。角田社長とは意見を異にしていますが、この投与半年から1年間、がんワクチンの抗がん効果が観察されないことを、患者の免疫反応が惹起・定着されるまでの期間だけで、私は説明できないと考えています。やはりほとんどの臨床試験で投与群が半年から1年間の間、生存率が低下する原因を究明して、より安全性高くがんワクチンを投与することができるようにしなくてはなりません。やはり患者のがんワクチンに対する免疫反応を予測する個の医療を可能とするバイオマーカーを探索すべきであります。

 がんワクチンの最適化(抗原と部位選択、投与法、アジュバント)に加え、個の医療化とがん抑制解除薬との併用が、がんワクチンが第四の治療法としてがん治療で確立される鍵を握っています。今週の月曜日のメールの結論は幸いにも変更はありませんので、どうぞご安心願います。

 東京は一気に冷え込み、風邪を心配しなくてはならないほどです。
 皆さんもどうぞご自愛願います。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/