皆さん、お元気ですか。

 残暑というか、9月もすっかり夏に取り込まれてしまった東京でふうふう言っております。しかし、午後5時半から厚労省でディオバン論文データ操作問題の調査委員会が開催されます。少しはしゃきっとしなくてはなりません。

 New Yorkも暑さが襲っているようですが、全米テニスオープンはそれを上回る熱戦を展開しています。予想外といっては誠に失礼ですが、日本勢では奈良くるみ選手が3回戦出場を果たしました。小柄ながらまだまだ伸びそうな面構えです。また、イタリアのCamila Giorgi選手もびっくりするような強打で勝ち上がりました。こんな美少女がバシッと決めるのが、たまりません。男子は番狂わせなく、5強が粛々と勝ち進んでいます。
http://www.usopen.org/en_US/players/overview/wta314344.html
http://www.usopen.org/en_US/players/overview/wta314610.html

 さてバイオです。

 予告が長すぎましたが、本日、糖たんぱく質の工業的化学合成の話しをやっと皆さんに出来ます。今まで引っ張って申し訳ありませんでした。

 実は今回話題にする糖たんぱく質インターフェロン(IFN)β1aの完全合成には、糖鎖工学研究所と大阪大学理学部有機生物化学研究室梶原康宏教授が3年前に完成させておりました。日経バイオテクonlineでも関連ニュースは掲載しています。今回、私が感動したのは、スイスBachem社が糖鎖工学研究所の技術を導入、工業レベルでIFNβ1aの完全化学合成に成功し、コスト的にもCHO細胞を宿主とした遺伝子操作で製造するコストを凌駕する可能性を証明したためです。Bachem社はあまりのうれしさに、7月10日に記者発表、その結果10%以上も株価が跳ね上がりました。ペプチド合成大手が、競争相手に差をつける糖たんぱく質や糖鎖ペプチドの合成技術を工業的そして経済的にも完成したためです。

 今まで、制御困難と考えられていた組み換えたんぱく質の糖鎖の異性体を、糖たんぱく質を完全化学合成すれば排除することが可能です。これが実現すればシングルピークの純度高い、しかもより安全性の高い糖たんぱく質医薬が市場に投入できるのです。生物製剤故に、不純物の検討や糖鎖アイソマーの解析など化学合成分子と比べ時間が必要な工程も省略することが可能です。CHO細胞を宿主に製造したIFNβ1aが実際、たんぱく質(166アミノ酸)はまったく同じですが、糖鎖の種類や結合する本数の異なる10種の糖鎖異性体が含まれています。今のところ、それぞれの糖鎖異性体の生理活性に関してはまだよく分かっていない状況です。医薬品の歴史を鑑みれば、必ず混合物の医薬品はどんどん有効成分が明らかにされ、純度を改善して参りました。光学活性体しかり、最終的には本当の有効成分に絞ったシングルピーク、つまり純品の医薬品にたどり着くのです。バイオ医薬品も糖鎖異性体の混合物であることを冷静に捉えれば、完全化学合成による純品の糖たんぱく質の製造技術開発は、必然であるとも言えるのです。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2005/6064/
http://www.bachem.com/fileadmin/user_upload/pdf/Press_Release/2013/Press_Release_GlyTech_E_Final.pdf

 この結果、まずは既存のバイオ医薬の純品化によるバイオベター開発が始まることは間違い有りません。欧米で多発性硬化症の治療薬として4000億円以上売り上げるIFNβ1aはまずは格好の標的です。その後、エリスロポエチンやHcgなどのホルモン、そして少し時間はかかるでしょうが糖たんぱく質市場の最大手である抗体などが完全化学合成の純品に置き換わる可能性があるでしょう。こうなると、バイオ医薬の後続薬を悩ます、物資的には類似はしているが完全に同じでは無いという議論も払拭されるでしょう。純品の糖たんぱく質医薬ならば、どうどうとバイオジェネリック薬の販売も進むはずです。完全化学合成糖たんぱく質の特許が切れる20年後には、バイオ医薬にも正真正銘のジェネリックが誕生することになるでしょう。

 もう一つのインパクトは、たんぱく質相互作用を阻害する中分子薬のエースであるペプチド医薬にこの技術は貢献するためです。ペプチドの最大の問題は、血中半減期の短さと疎水性の強さです。この2つの欠点をヒトの天然型の糖鎖を化学合成で導入すれば、解決することは可能です。武田薬品が今年製品回収を米国で行った造血ペプチド製剤「OMONTIS」(peginesatide)は20アミノ酸のホモダイマーをポリエチレングリコールで結合した分子量4万5000の複合体です。不幸にも発売後、投与患者の0.02%に致命的なアナフィラキシーショックが起こり、販売中止を余儀なくされました。ヒトの体内に大量に存在する天然型の糖鎖(N結合型)を糖鎖工学研究所は自在のペプチドに導入できます。これならば可溶性で、しかもたんぱく質分解酵素に抵抗性で、さらに免疫系に認識されない分子量1万以下の製剤を開発することができるでしょう。工業的な糖たんぱく質合成技術は、中分子医薬という新たな芳醇な領域を開くエンジンとなるのです。断片化抗体など抗体の低分子化の潮流も糖鎖結合技術は加速します。現在、PEG-IFNやPEG顆粒球コロニー刺激因子が上市されていますが、ヒト型糖鎖はこうしたPEG化医薬を代替する可能性をも秘めていると思います。PEGは体内では分解されず蓄積されていきますが、糖鎖は分解され蓄積毒性を心配する必要もないのです。

 糖たんぱく質完全化学合成の鍵を握る技術は、卵黄からの糖ペプチドの抽出とそれを化学的、酵素学的に処理して、ヒトが持つ全てのN結合型糖鎖をアスパラギン酸などに結合した糖鎖アミノ酸のライブラリーを合成する技術です。梶原先生のアイデアと糖鎖解析力を活かしました。実際には、前後のペプチドを化学合成し、導入したい糖鎖とアスパラギン酸が結合した糖鎖アミノ酸を挟むように重合するのです。この方法なら望みの部位に何本でも糖鎖を投入することができます。メチオニンのSH基を利用して、糖鎖工学研究所はもっと簡便に糖鎖を導入する手法も完成しています。更にコストダウンを図るために、大腸菌で糖鎖の無い裸の組み換えたんぱく質を製造、糖鎖を後から導入する技術にも挑戦しています。

 既にBachem社と糖鎖工学研究所にはIFNβ1aの開発に対してオファーも出されている模様です。バイオ医薬も糖鎖の完全化学合成で、発酵と精製という頸木から解放される目処が立ちました。まさに、化学技術によるバイオ医薬の第二世代の幕開けが始まったのです。

 これは暑さでふうふう言っているどころの騒ぎではありません。皆さんもご注目願います。今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/