皆さん、お元気ですか。

 本当に35℃しかないのか、真から疑うほど暑い、大阪市の糖質学会を取材中です。息も絶え絶えになりながら、取材しているのは、とうとう工業的にも生理機能のある糖タンパク質の全合成が発表されたためです。詳細は月曜日の日経バイオテクONLINEメールで報告いたします。とてもではないが、暑気あたりで、精密に書く体力がありません。とって置きのネタは温存させていただきます。

 さて個の医療です。

 今まで個人のゲノムやライフ・スタイルに応じた新薬開発を個の医療と名付けて、報道して参りました。ここでこんなことを言うと暑気あたりのためであると、読者にも思われそうですが、本日は敢えて書かせていただきます。私が持つ信念として、この世の中の総ての現象は振り子のように左右に揺れ動くと考えています。もしこれが真であるとすると、個の医療がここまで急速に進展すると、当然、反個の医療の研究開発の芽もどこかに生まれているはずです。

 こうしたやや素直でない斜に構えた眼で見ると、反個の医療の動きが3つ見えて参りました。第一は抗CTLA-4抗体や抗PD-1抗体、抗PD-L1抗体(2013年7月25日に米Genentech社の抗PL-L1抗体RG7446を中外製薬が近く臨床試験をすることを発表しています)などの、抑制性免疫を解除する一群の抗体薬医薬の開発です。通常の免疫反応は自己免疫反応を回避するために、免疫系にはブレーキがかかっています。免疫のブレーキは抗原提示細胞とキラーT細胞の認識を抑制する補助シグナル分子や末梢でがん細胞とキラーT細胞の認識を抑制するCEACAM1、その両方に関与するPD-1やPD-L1などが報告されています。きっと今後もどんどん免疫のブレーキ分子は発見されるだろうと思っております。現在、進んでいる抗CTLA4抗体、抗PD-1抗体の臨床成績を見る限り、こうした免疫のブレーキを抗体医薬などで一時的に遮断すると、自己免疫疾患も誘起されますが、がん抗原特異的なキラーT細胞が誘導され、がんが縮小することが報告されています。これは実際には患者が持っているがんの特異抗原に対するキラーT細胞などを誘導するまったくの個の医療ですが、医薬品の面から考えると、どの患者にも免疫ブレーキ遮断抗体を投与して治療できる可能性があるので、医薬品企業にとっては垂涎の反個の医療となると考えます。現在、製薬企業がこの分野に殺到しているのも故無きことではありません。抗がん剤開発の一つの大きな潮流を形成するはずです。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20130726/169839/

 第二の反個の医療は、大部分のがんで報告されている代謝系の変化、ワールブルグ効果に的を絞った抗がん剤の開発です。がんでは正常細胞と比べ、代謝が解糖系に偏ることが知られています。こうした代謝系の偏りを標的に、スペクトラムの広い抗がん剤を開発しようという動きが急速に動いています。わが国では10月31日から11月1日、山形県鶴岡市の慶応義塾先端生命科学研究所で第一回がんと代謝研究会が挙行されるまでになって参りました。しかも、ワールブルグ効果は九州大学の中山敬一教授らの定量メタボローム研究によってたった2つの酵素反応の変化で説明できることも今年判明、一挙に新しい抗がん剤の分子標的が明らかになると期待を高めました。がんのワールブルグ効果の鍵酵素の阻害剤こそ、広範ながん種に効果がある反個の医療となる可能性があるのです。
http://can-meta2013.iab.keio.ac.jp/

 そして第三の反個の医療は、がんの幹細胞を標的とした阻害剤です。少なくともがん種によってがんの幹細胞の性質もこうなっていそうですが、少なくとも乳がんなら乳がんのがん幹細胞はかなり共通の性格を持つ少数の細胞群に絞られそうです。もしこの考えが正しいとするならば、幹細胞を標的とした抗がん剤は、間違いなく反個の医療となりそうです。従来の抗がん剤と同じく、乳がんや肝臓がんなど病理的な分類にしたがった大雑把ながんの定義で適応が決められる可能性があるのです。但し、米Verastem社の説明によれば、がん幹細胞を全滅させても残ったがん細胞から新たながん幹細胞が発生することが分かっており、将来は同じがん種でも複数のがん幹細胞に対する阻害剤を、がん幹細胞の種類によって処方せざるを得ない可能性もあると思います。

 つらつら考えるに結局、結論は個の医療も反個の医療も、がんやその他の疾患を撲滅するためには必要であるという、当たり前のことに辿り着いてしまいました。現在のがん治療の現場でも、個の医療を実現した分子標的薬が絨毯爆撃のような化学抗がん剤と併用されています。なーんだ、という読者の声が聞こえるようです。やはり、これは暑気あたりのため。。。。?

 猛暑はまだまだ続きそうです。皆さんもどうぞご自愛願います。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/