皆さん、お元気ですか。

 先週は徳島で糖尿病死減少を目指す徳島県のクラスターの審査に携わりました。タクシーの運転手さんとの雑談は、毎回、徳島ヴォルティスが昨年の最終試合で負けてJ1昇格を逃した話題ばかり。今シーズンはセレッソに天才、柿谷選手が移籍してしまったのでJ1昇格が遠のいたことを嘆くこと。J1になっていれば、市内に巨大なサッカースタジアムの建設計画まであり、阿波踊り以外に何も無い徳島の観光客誘致の目玉になっていたかも知れません。風が吹けば桶屋が儲かるではありませんが、天才、柿谷選手の日本代表の復帰が、徳島の嘆きを招いていることまでにはまったく気付きませんでした。世界は見えない糸で繋がっています。

 今週金曜日(8月9日)に、厚生労働大臣直轄の高血圧治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会が発足します。要は、ノバルティスファーマが販売する降圧剤「ディオバン」の臨床研究を巡るデータ操作疑惑の徹底調査を行う委員会です。5大学で展開されたわが国初の大規模臨床試験で一体何が起こったのか?事実にとにかく肉薄し、再発予防策を打ち出す必要があります。5つの臨床試験が結びつく見えない糸をたぐり出さなくてはなりません。日本の臨床試験や臨床治験の名誉回復の一歩が始まります。

 さてバイオです。

 再び猛暑が戻ってきた東京です。冷夏ともいえる東北地方以北はともかく、酷暑の残りの日本のライフサイエンスの脅威となっているのが、悲しいことに電気代の高騰です。福島第一原発の事故以降、わが国の原子力発電所の稼働率が低下していることが原因ですが、大元の原因は最終的なリスクや処分のコストを敢えて計算せず、価格の安い電力を供給していた欺瞞のエネルギー政策にあります。シェールガス革命など、新たなエネルギー源の登場とバイオマスエネルギーなどのカーボンニュートラルなエネルギー源のベストミックスを探り、安定し、且つ、比較的安価な電力供給体系を早急にわが国に創らなくてはなりません。元々架空の数字だった原発事故以前の電力供給体系に戻ることで安心してはまったく成らないということなのです。

 組み換えインスリンやGLP-1などのバイオ医薬で世界をリードするノボ ノルディスクファーマは、当社の郡山工場で電力を2013年8月1日から完全グリーン化をすると発表しました。必要電力190万Kwの内、宮城県石巻合板工業の木質バイオマス発電によって180万Kwを、残る10万Kwは北海道の寿都温泉ゆべつのゆ風力発電所からそれぞれ購入するのです。これによって、完全にカーボンニュートラルな電力だけを使い、工場を操業することに目処を立てました。勿論、バイオ医薬品企業の高収益性が成せる技でもありますが、私たちもノボノルディスクの先見性に学ぶところは大きいと思います。

 もう一つしわ寄せがよっているのが、電力費高騰によるスパコンの稼働率の低下と省エネ化の圧力です。今やバイオテクノロジーの研究でも、スパコンによるデータ処理は不可欠となっています。しかしながら、福島第一原発の事故以降、大学や研究機関ではスパコンが電力消費削減の標的とされて、まるで鬼っ子扱いが続いています。ここ5-6年、基本的にCPUのパフォーマンスの向上が頭打ちとなり、変わってCPUを並列に大量に使用することで、計算処理速度を稼ぐ、余りスマートでないパソコンが横行しているために、ますます電気を食う装置に変わり果てたスパコンは、もはや電力料金の高い日本列島で運用することが、研究者に肩身の狭い思いを強いています。巷間では、ビッグデータの時代が来たとスパコンメーカーや情報処理企業は喧伝していますが、この根本的な技術停滞を解決しないと、ビッグデータにも未来はないと考えます。わずか一人当たり2w/hしか使うだけで、高度な?思考が人によってはできる脳の研究から、大きな飛躍が誕生することは間違いないでしょう。

 しかし、電気代が他の諸国より高いからといって、バイオ分野のビッグデータ処理の能力拡大とアルゴリズムなどの研究開発を怠る訳には参りません。8月3日、国立名古屋医療センターが臨床研究中核病院に指定されたことを記念するシンポジウムに参加して参りましたが、同医療センターも所属する独立行政法人病院機構(全国143施設の元国立病院を束ねる機構)の桐山理事長が、143病院の統合電子カルテ化とそのクラウド・データベース構想を、また基調講演に招かれた国立がん研究センターの堀田理事長ががん最適化創薬支援プラットフォーム構想を、それぞれ打ち上げるなど、わが国の先端医療でもビッグデータの時代が到来しつつあることを実感させました。国立がんセンターの構想は、胃がん、肝臓がん、肺がんなどわが国の5大がん種の患者を全国の連携病院から登録し、がん組織を国立がんセンターで全ゲノム解析、変異プロファイルによって患者を層別化し、患者毎に最適化した処方を、臨床治験やTRによって実証するシステムです。例えば、最近我が国で発見されたがんのドライバー遺伝子、RET融合遺伝子を持つ患者にRET阻害剤を投与しようとしても、肺がん患者の1%程度しか、RET融合遺伝子を持っていないため、100倍以上の人数の肺がん患者をスクリーニングする必要があるのです。この問題を一挙に解決するために、堀田理事長はこうしたシステムを提唱したのです。全てのがんの10~15%がドライバー遺伝子に起因すると推定されており、すくなくともシステムができれば、こうしたドライバー遺伝子によるがん患者の福音となるでしょう。

 では残りの85%のがんはどうするのか?これはこれらのシステムによってデータを蓄積し、治験や臨床研究の治験を突合させながら、粘り強く最適の処方(多分、併用療法)に辿り付かざるを得ないのです。現在は限られた症例を対象としたフェーズ3臨床試験で提供された穴だらけのエビデンスに基づき、臨床の現場では患者さんの遺伝的背景の多様性とライフスタイルの多様性に直面して、医師が懊悩しているというのが、エビデンスベースドメディシン(EBM)の実体なのです。こうしたわが国の現場が抱えている問題を解決するにも、患者情報を中核としたバイオ・医療データベースの構築は不可欠であると考えます。

 先月、米国国立衛生研究所も5年で2700万ドルの研究費を新たにゲノム解析による医療に投入しました。ゲノム解析による出生児のリスクやがんの発症リスクをどう患者に伝え、医療行為に繋げるか?実証的な研究に踏み出しています。わが国ではまだこうしたゲノム情報ベースの医療のデータ蓄積を構築しようという段階なのに、米国はゲノム情報の臨床応用に取り組むなど、遥か先に行っています。
http://www.nih.gov/news/health/jul2013/nhgri-23.htm

 文科省レベルのライフサイエンス統合データベースは予算不足を嘆きつつも着々と展開しています。そろそろ厚労省も重い腰を上げて、患者情報を中心としたゲノム・マルチオミックス医療の統合データベース作成をぶち上げる必要があります。これこそ日本版NIHがまず行うべきことであると私は確信しております。
http://dbcls.rois.ac.jp/about

 日本版NIHは150人分の人件費がまず確保された模様です。プログラムの策定と予算管理に必要な人数です。各省庁猛烈な綱引きをやっていますが、多分、内閣府に配属される可能性が濃厚です。現在、各省庁から2014年度予算で日本版NIHに関係しそうな予算は全部予め内閣府に届け出することを要請されています。実際には菅内閣官房長官がそれらの予算案を吟味し、これは日本版NIHと仕分けると噂されています。現在のところ、日本版NIHは各省から分離した実体のある組織ではなく、各省庁の予算を仕分け、日本版NIHというブランドを創る、バーチャルな組織として構想されています。そして実体は菅官房長官の頭脳の中にあるという訳です。予算権限に関しては握力が異常に強いわが国の省庁から権限を剥奪しようとすればするだけ、無駄な時間と軋轢を生むことを第二次安倍内閣は熟知しています。民主党政権が挫折した日本版NIH構想を、動き出させる政治的手綱をここでは是非とも披露願いたいと心から願っています。

皆さん、どうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/