皆さん、お元気ですか。

 コンフェデレーションカップ、我がA代表は3戦全敗、やはりワールドカップベスト16のチームとベスト4のチームにはまだまだ格差があります。ロンドンオリンピックで優勝したメキシコも尚、まだ手の届かない高みに存在することを、リアルに眺めなくてはなりません。マスコミは何というか知りませんが、フロックで一勝するよりも、全部負けた方が、来年のワールドカップに好成績を残す礎となるに違いないと思います。解決しなくてはならない課題を浮き彫りにした、良い敗戦であったと確信しています。なでしこジャパンが、ワールドカップを制した歴史を、男子チームも辿らなくては高みには届きません。しかし、Jリーグ発足後20年間で、今まで相手にもしてもらえなかったベスト4のチームをあれだけ本気にさせるまで成長したことは特筆すべきでしょう。実業団というフィランソロピーから、ビジネスにプロサッカーを変貌させたJリーグの功績は誠に大きい。後は、現在3-4歳で世界と戦える才能を次の15年間でどう鍛錬する仕組みを高度化するか?次は本気で優勝を狙う戦略を書かなくてはなりません。夢は見続ければ、必ず叶います。
http://www.fifa.com/confederationscup/index.html

 さて、バイオですが、バイオでも夢は願い続ければ絶対叶います。

 2013年6月11日に東京証券取引所の新興市場マザーズで株式公開、あっと言う間に現在株価が1万2000円を突破、株式総評価額が15000億円を突破した、ペプチドリームの上場記念パーティーの第一弾が、6月19日、恵比寿の結婚式場QEDクラブで開催されました。蛍の夕べまである素敵なパーティーで経営陣や従業員の、やったーという高揚感が伝わってくる良い会でした。第二弾は創始者の東大教授である菅教授のロックコンサートであると、聞いております。私も是非とも祝賀会皆勤賞を狙っております。

 上場後も、東大先端研のゴミ捨て場に廃棄されるまだ使える什器に目配りを忘れない同社の窪田社長は、新しい家具を拾ってこようとして従業員に止められたようです。実際、今は違うでしょうが、上場直前にインタビューにうかがった時にオフィスにあった机や什器は全部、中古品でした。国税にあぐらをかいて、どんどん廃棄する傲慢な東大の研究者の精神構造も問題ですが、上場前に既に黒字でありながら、無駄な支出を完璧に抑え、研究に全てを投入した窪田社長の経営感覚は、極めて健全です。上場はペプチドリームではなく、ケチXドリームと自称していたのも、故無きではありません。2000年代初期の第一ベンチャー企業ブームで上場を果たし、銀座で豪勇した未熟な経営者には爪の垢でも飲ませたいところです。上場で入手した資金も、窪田社長なら真の意味での企業成長に結びつけるはずです。「1000億円超の会社になったといっても、まだ前臨床試験の医薬品を2つ持っているだけの企業に過ぎない。これは始まりだ」と、従業員のためにQEDで祝賀会を開いたのですが、社長としては顔は笑っても目は笑っていない。上場後の企業責任を自覚、浮かれたところが少ないのにも好感を持ちました。スパイバーにあるガキの勢いはありませんが、大人の実力を秘めたバイオベンチャー企業の佇まいを持っています。今年、この二社に加えて、アキュセラが上場すれば、我が国に第二世代のバイオベンチャーが姿を現したことが、誰の目から見ても明白となります。我が国のバイオベンチャーは本物の時代に入りつつあるのです。

 ペプチドリームの一番凄いのは、2つあります。第一は東大菅研究室の学生を今まで誰一人受け入れていないこと。大手企業に流れるだけが理由ではありません。我が国の大学発ベンチャーでよく見られるボス・弟子ベンチャーではなく、菅教授の研究と実用化に一線を画している、米国的な経営組織をきちっとくみ上げている証拠です。今年、菅研を卒業、大手製薬企業に勤めた若手が、大企業がつまらぬとやめて、ペプチドリームに入社するようですが、上場によって社会的信用を獲得、人材をもっと吸引できることも可能となります。企業として成長した分、創業者の学者との良い距離感を保つことも可能となりました。ローコストオペレーションの時代は過ぎ、環状ペプチドのライブラリーだけではなく、自ら創薬企業へと変貌するためにも、適切な人材に適切に報いる企業にならなくてはなりません。その意味で上場はペプチドリームの成長のためには必要であったと判断しました。

 そして第二の凄さは、人材の入れ替わりが激しいバイオベンチャーが数多存在するなかで、体調不良や家庭の事情の二人を除いて、ペプチドリームは創業メンバーがまったく辞めていないという点です。窪田社長は前にもベンチャー企業に関与するなど、いろいろ苦労を重ねてきました。終身雇用制のベンチャー企業など理論的にあり得ませんが、ベンチャー企業を大きくした経営者には皆、人を引きつけ、受け入れる優しさがありました。ペプチドリームの依拠する技術、がそれだけ大きなイノベーションであったということもあるでしょうが、経営者として辛酸を共に乗り越え、喜びを還元する経営者の基本が備わっていたとしか、判断できません。こうした経営者こそ、今のバイオベンチャーの創業には不可欠であると心から思っています。

 これからは私の愚を曝すようであまり書きたくないのですが、菅教授がQEDの会場で「宮田さん、最初はまったくフレキシザイムのこと理解していなかった」と詰め寄られましたので、正直に告白いたします。確かにフレキシザイムは単なるリボザイムの亜流だと、1998年に福岡で開催されたRNA若手研究会でその話しを聞いたときは判断してしまいました。敢えて弁解するとすれば、フレキシザイムを使って、自在に非天然型のアミノ酸を組み込んだペプチド生産システムを造るという構想はその時は教えてもらっておらず、現在のペプチドリームを想起させる技術体系をイメージすることができなかったのです。また、98年当時、そこまでうかがっても、その時にはたんぱく質相互作用に作用する医薬品が重要でそれは現在の低分子でも、抗体医薬のような高分子バイオ医薬ではなく、分子量1000から1万の中分子医薬が技術突破の鍵を握っているという切迫した考えを持っていなかったので、多分過小評価しかできなかったと思います。菅先生、本当にこうした事態になるとまで読んでいたのですか?それとも社会の動きが偶然合ったこともあったのでしょうか?いずれにせよ、男らしくないので、このメールですっぱり書き留めることにいたします。参りました。まったく記憶にないのですが、福岡で菅教授、そしてRNAiで論文捏造疑惑?で東大を追われた多比良先生と3人で1室に泊まったらしい。まったくその後のバイオの歴史を考えると、誠に濃い晩でありました。
http://www.rnaj.org/index.php?page=meeting_rna1998_index

 最後に、今回の上場で東大エッジキャピタル(UTEC)は1号ファンドの収益を確保できました。まさにペプチドリーム様々です。何故、ペプチドリームは他にはベンチャーキャピタルからの出資を受け入れていないのに、UTECだけは認めたのか?窪田社長によれば「UTECのパートナー片田江舞子さんが、ごみ捨て場から拾ってきた机をきちっと拭いてくれるなど、創業の苦労を共にしてくれたから」。日経バイオテク編集部に片田江さんがバイトで来ていたことを思い出します。バイオで夢を叶えた若者がまた一人巣立ちしたことに、心が満たされます。頼もしいバイオの騎手が育ちつつあります。今度は幸せを成就しなくてはなりません。
http://www.ut-ec.co.jp/cgi-bin/WebObjects/1201dac04a1

 皆さん、どうぞ宜しく願います。お元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満
ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/