皆さん、お元気ですか。

  我が日本代表は、世界で一番早くブラジルのワールドカップ進出を決めました。秋田市の川反で飲んでおりましたが、飲み屋全体が沸騰したのには驚きました。陰鬱な日本が徐々に晴れていくようなすがすがしさです。しかし、いい加減にシュートを決めて欲しかった。勝ってる試合でした。秋田から大阪に飛び、現在、医薬基盤研究所の暗いロビーでこのメールを書いています。自動販売機の冷却装置が猛烈な音を立てており、これは修理した方が良いのではないかと、他人事ながら心配になります。電気はロビーの電気を消すよりも、絶対浪費しているはずです。

 さて個の医療です。

 個の医療でも、一つ問題が突破できれば、次の問題が浮かび上がります。

 2013年5月30日、米国食品医薬品局(FDA)が英国のGlaxoSmithKline社が開発した転移性悪性黒色腫に対する2つの治療薬、「TAFINLAR」 (dabrafenib) と「MEKINIST」(trametinib)を販売許可しました。これは世界初のMEK阻害剤(MEKINIST)の商業化であることに加えて、個の医療の実用化が米国ではいよいよ第二段階に入ったことを意味しています。これは今まで放置されてきたレファレンスラボが自主開発した遺伝子検査の見直しにつながる波紋を生んでおります。前回のメールで、米国ではEGFR変異型の診断薬が薬事承認を受け、我が国では自主開発に止まっていることを指摘しましたが、米国が変われば、日本政府も変わる歴史的な習性を考えると、我が国でも遠からず個の医療のための診断薬、コンパニオン診断薬の薬事承認が不可欠となる可能性すら予測しておかなくてはなりません。風向きが変わったのです。

 TAFINLARはBRAF阻害剤で、昨年発売された「ZELBORAF」(vemurafenib)に次ぐ、世界で第二の商品化です。個の医療として何が新しいかというと、ZELBORAFが BRAF変異を持つ悪性黒色腫患者を対象とした、わりと曖昧な患者選別で認可されたのに対して、今回の2種の医薬品はBRAFの特定の変異に限定して認可されたのです。正に、遺伝子変異という大雑把な鑑別法ではなく、遺伝子の何の変異という詳細な鑑別方法が要求されたのです。実際、TAFINLAはBRAFV600E変異を、MEKINSTはBRAFV600Eに加えて、BRAFV600K変異を持つ患者だけに、それぞれ使用を限定されています。こうした精密な遺伝子変異の測定のために、フランスbioMeriuxs社が開発した両変異を解析する「THxID-BRAF.」がコンパニオン診断薬として、同時に商品化が承認されました。両方の医薬品とも、BRAF野生型の患者には適応を認められていません。転移性悪性黒色腫の患者の約半分がBRAF変異を持っています。BRAFの600番目のアミノ酸置換が起こる変異の85%がBRAFV600Eであり、10%がV600Kであります。2剤で少なくともBRAFV600変異の95%の患者を治療対象にすることが可能となります。GSK社が2剤の新薬を同一疾患領域である悪性黒色腫に対して開発を進めていた理由がここにあります。

 今までの常識では、企業は同一疾患で拮抗するような薬剤を行うことはバックアップ以外は考えられないのですが、個の医療が第二段階に進むと、同じ疾患名でも対象患者群が異なる新薬の同時開発が行われるようになるのです。BRAFのシグナル伝達の下流にMEKが存在するために、将来は両剤の併用が検討対象となると思います。特にZELBORAFと同様にTAFINLARも、投薬した患者の一部に皮膚の扁平上皮がんが副作用として誘導されます。RASの突然変異ががんの発生に関係しているという研究もあります。新たながんの発生を抑止するためにも2剤の併用が有効だと期待されています。

 米国は2011年8月にコンパニオン診断薬と新薬の同時承認を行い、個の医療の時代が開幕したことを宣言しました。2013年に至って、精密遺伝子変異診断薬と明確に遺伝的な背景を記述した患者群への新薬の適応が、TAFINLARとMEKINSTとそのコンパニオン診断薬THxID-BRAFの発売によって、米国では個の医療が第二段階に突入したと言うべきでしょう。

 米国のChicagoで6月4日まで開催されていた米国臨床腫瘍学会(ASCO2013)で、FDAのMargaret Hamburg長官が「個の医療の推進のためには、質の高いコンパニオン診断薬が不可欠だ。米国では薬事承認されていない自主開発されたコンパニオン診断薬が使われているが、一部では質において問題がある場合も生じている」と指摘、今まで黙認されていた自主開発のコンパニオン診断薬という存在に疑問符を投げかけ、今後、コンパニオン診断薬に対して薬事審査を要求することを示唆しました。とForbsが報じています。風向きが行政方針としても大きく変わりつつあるのです。薬事承認と自主開発のコンパニオン診断薬が混在している我が国でもそろそろ、薬事承認に向けて制度整備をする必要があると考えています。
http://www.forbes.com/sites/matthewherper/2013/06/02/fda-to-take-new-steps-to-regulate-diagnostic-tests/

 但し、次の問題も見えてきました。全部を薬事承認した場合、その開発コストと診療報酬など、医療経済的な壁です。これも視野に収めながら、我々も個の医療の第二段階に身を投じなければなりません。

 今週も、どうぞお元気に。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/