こんにちは。1週おきにこのメールを担当しております、日経バイオテク記者の増田智子です。

 5月31日、並列生物情報処理イニシアティブ(iPAB)が主催する、「顧みられない熱帯病への日本の貢献」というセミナーを取材しました。iPABは、スーパーコンピューターなどを使ってバイオインフォマティクスに役立てよう、という研究者や企業が集まって運営しているNPO法人です。同セミナーの企業側の主役はアステラス製薬でした。2012年7月の東京工業大学との提携(https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20120730/162439/)を皮切りに、複数の大学・研究機関と共同で、熱帯地方の寄生原虫病やデングウイルス感染症に対する新薬の探索研究を開始しています。

 「熱帯地方の寄生原虫病」と言われても、普通の日本人にはよく分かりません。そこでまず、共同研究を実施している長崎大学熱帯医学研究所の平山謙二教授が、南米のシャーガス病について解説しました。シャーガス病の原因であるトリパノソーマ原虫を媒介するのは、サシガメというカメムシのような昆虫。これに噛まれるのは嫌だ、というような、かなり存在感のある虫です。

 このトリパノソーマ原虫は南米で様々な健康上の問題を引き起こしています。感染しても90歳以上まで長生きする人がいる一方で、心臓を肥大化させ突然死を招く、巨大結腸症に伴う合併症を引き起こす、ということもあり、重症化には患者側・原虫側の相互作用もあると予測される謎の多い疾患です。この原虫に感染した場合、急性期や小児では抗寄生虫薬ベンズニダゾールが有効ですが、大人の慢性期の感染者には有効な薬がありません。サシガメのコントロールと小児期の診断・治療が進めば、シャーガス病は減少していくはずですが、感染後長い時間が経過している「取り残される」感染者を救う薬が必要とされています。

 共同研究開始後、東工大では、まず現有の様々なデータベースから、創薬に役立つ情報を検索するための二次データベースである「iNTRO DB」を構築、公開しました(http://www.bi.cs.titech.ac.jp/introdb/)。トリパノソーマ科の寄生原虫3種類(それぞれ、リーシュマニア、シャーガス病、アフリカトリパノソーマ症の病因になる)のDNA配列、たんぱく質の立体構造、哺乳類のオルソログとの配列相動性、遺伝子ノックダウンの表現型、既存の創薬標的分子との配列相同性の情報が登録されています。

 同データベースを用いて新規分子標的を探すとともに、既知の有望な分子標的を対象にコンピューターを活用した薬剤設計(インシリコスクリーニングやフラグメント創薬)を実施。またアステラスの化合物ライブラリーもスクリーニングに供され、候補化合物が得られれば、長崎大学や国際NPOのDNDi(Drugs for Neglected Diseases initiative)が抗寄生原虫活性を評価する手はずになっています。複数の創薬標的と、薬剤設計およびスクリーニングを組み合わせて、抗寄生原虫化合物をなるべく早く発見することを目指しています。候補化合物の臨床試験はDNDiにより、寄生原虫病の流行地で実施を予定しています。発展途上国への国際貢献のため、アステラス、アカデミアともに知的財産は解放するスキーム。アステラスは、2010年に野木森雅郁社長(現会長)が国際製薬協の副会長に就任したことをきっかけに発展途上国の健康問題解決への取り組みを強化しており、今回のNTDプロジェクトの社内の評価は高いとのことでした。

 iNTRO DB開発チームの1人で、iPABの理事長でもある東工大の秋山泰教授は、「顧みられない熱帯病の治療薬開発はオープンイノベーションの試金石となる。これまで共同研究を数多く実施してきたが、今回のようにデータを全て出して製薬企業とやりあったことはない」と話していました。各大学の研究者、企業、単独ではとても臨床試験まで到達できそうもないテーマでも、協力すれば可能性が生まれ、治せなかった病気が本当に治療できるようになるかもしれない、と期待が高まっていました。

 さて、話は変わりますが、日経バイオテクのコラム「審査報告書を読む」でおなじみの成川衛先生より、レギュラトリーサイエンス学会のシンポジウムのご案内がありました。「医薬品リスク管理計画の最新状況」(6/14、TKP赤坂ツインタワーカンファレンスセンター)および「社会保障改革と薬価基準の現状と今後の方向」(6/22、一橋大学一橋講堂・学術総合センター)です。詳細はレギュラトリーサイエンス学会のウェブサイト(http://www.srsm.or.jp/)でご確認ください。

日経バイオテク 増田智子

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