皆さん、お元気ですか。

 昨日から始まったテニスの全仏オープン(ローランギャロス)で、あっさり我が国のエースである添田選手と森田選手が一回戦で姿を消したことには唖然としました。過酷なレッド・クレイのコートではコンディショニングが一番大切です。体調不良を添田選手は言い訳には出来ません。前哨戦で好調だった森田選手は万全の体制で臨んだものの、相手が悪かった。カザフスタンの新星、ユリア・プティンセバが18歳の失うものが無い捨て身の攻めで圧倒、森田選手も予想外の強敵にミスを連発、3ゲームしか確保できず、悔いだけが残る試合となりました。しかし、ローランギャロスに番狂わせはつきもの。丁度、ビーナス・ウイリアムス選手が一回戦敗退したところです。熱い欧州の夏には下克上が似合いますね。さて欧州チャンピョンズリーグも、とうとうバイエルン・ミュンヘンが栄冠に輝きました。苦節3年、万年準優勝の苦さを味わった怪物、リベリー選手とロッペン選手の執念と歓喜は、スペインがリードしてきたサッカーの流れを完全に変える可能性を開きました。身体も精神も強靱とスピードがより求められていくのです。香川選手も体幹をさらに鍛えなくては生き残れないかも知れません。
http://www.rolandgarros.com/en_FR/scores/draws/ws/r1s2.html

 お陰様で残席が僅かになって参りました。6月19日(水)午後12時25分から東京、品川のコクヨホールで開催いたします。iPS細胞のこの10年の商業化の主役であるiPS細胞創薬を皆さんとじっくり討論します。難病×iPS細胞=日本の世界貢献、あるいはビジネスチャンス。この謎の公式の謎解きをいたしましょう。どうぞ下記よりお早めにお申し込み願います。満席御礼になってからではもう遅い。
http://nbt.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/130619/

 さてバイオです。

 まずは5月24日夕刻に、薬事法改正と再生医療の安全性確保法が国会に提出されました。いよいよ再生医療の商業化に法的な面からもドライブが掛けられました。このタイミングであれば今期の通常国会中で成立するかも知れません。大いなる変化が始まりました。

 丁度その頃、国会から2kmも離れていない六本木ヒルズ49階にあるアカデミーヒルズは250人の老若男女で賑わっていました。トヨタ自動車の元社長から、大学関係者、幼子を抱いた家族、果ては酔っ払いのおばさままで。その会場を埋め尽くす人また人の視線が集中していたのが、ステージに向かって右に燦然と輝く青いスタンドカラーのドレスだったのです。山形県鶴岡市にあるベンチャー企業、スパイバーが起こしつつある巨大なイノベーションの始まりを象徴するものです。
http://www.spiber.jp/

 「QUMONOS」とブランドされたこのドレスは、世界で初めてクモの糸で織られた服なのです。野外で蜘蛛の巣を集めて、バイオリンの弦やハンモックにした例は知っていますが、今回のドレスは遺伝子操作で工業的に生産された組み換えクモの糸で創られています。暇人の趣味とは違い、これは絹に続くたんぱく質性のまったく革新的な繊維とその産業化の誕生を示しているのです。しかも、生分解性なのにクモ糸は炭素繊維より強靱で、強靱さ故にほとんどの合成繊維が失ってしまう弾力性をも兼ね備えているのです。耐熱性もあり、バイオプラスチックでどうしても車のボンネットを製造できなかった限界を打破することも可能です。実際、今年10月31日にはトヨタ系の部品メーカーである小嶋プレス工業と合弁事業で、組み換えクモの糸の試験工場が完成いたします。

 最初は強化プラスチックのガラス繊維を代替するスーパー強化プラスチックの商業化がリードするとは思いますが、新しい繊維の用途は無限大です。繊維、工業マテリアル、膜、人工血管などほとんど産業の全領域に亘って新製品を生み出す力を秘めています。より軽く、より強靱で、環境に優しい自動車、飛行機、建物などの構造物、家具や生活関連商品、農業関連製品など、QUMONOSを起点にイノベーションの連鎖が始まろうとしています。スパイバーはクモの糸の誘導体をデザインする原理を掴みつつあります。遺伝子組み換えでアミノ酸配列を変えた多数のクモ糸の誘導体を生産し、糸を引き、物理化学的な特性を調べる、このサイクルを2年前からくるくる回している企業はスパイバーしか、世界に存在しないのです。今や自然界のクモ糸の多様性に加えて、望みの特性を持つクモ糸を意図してデザインできるまで、技術力を高めています。クモ糸だけにもはや止まらず、たんぱく質性の人工線維をデザインし、工業化する技術力を密かに蓄積しているのです。

 加えて、かつてナイロンなどの実用化に果敢に挑戦した日本の繊維産業が、もうほとんど忘れてしまった新しい繊維原料を使った紡糸技術の伝承も若いベンチャー企業、スパイバーが担っております。「お金がないから、繊維企業を退職した技術者を口説くしかなかった」(スパイバー関山社長)と照れ隠しをしていますが、組み換えクモの糸という技術革新に、忘れかけていた技術者魂を揺さぶられた全国の匠達が、それこそほぼ手弁当で糸など一度も引いたことの無い若者達を指南しました。日本の物づくりの伝統はイノベーションに挑戦する企業ではないと継承できないのです。利益を絞るためだけに合理化したり、海外展開したり、買収で企業規模を大きくするだけでは、駄目なのだということを、青いドレスが語っています。

 炭素繊維は猛烈な二酸化炭素を製造工程で発生しますが、QUMONOSは常温常圧で発酵生産によって、製造される環境フレンドリーな素材でもあります。新興国の成長が環境破壊で最終的には減速せざるを得ない、ジレンマをこの新しいクモの糸は解決する可能性があるのです。石油ではなく、バイオマスを活用した産業モデルが描けるかも知れません。少なくとも、これ以上、土壌で分解できないプラスチックや合成繊維に依存しなくても良い。つまり生産すれば生産するだけ、環境負荷が増えるという化石燃料を消費する近代産業のジレンマを断ち切れる新しい産業の産声が聞こえてくるではないですか?廃棄物処理のコストを見ないふりをして成長した無責任な原子力産業とは対極にあるイノベーションであると思います。

 米国の国防総省も含め、今までクモの糸生産には多額の資金と米Dupont社や多数のベンチャー企業が挑戦しました。しかし、いずれも見事に失敗し、誰も組み換えクモの糸で創ったドレスなど想像もできなかったのです。「本当に間に合うかどうか心配だった」(関山社長)。スパイダーでもまだ大量のクモ糸を製造するのは大変な苦労が必要です。生産性を熟知している参加者から「ドレスの背中は無いだろう」という意地悪な質問が飛び、むきになった社長が人台を後ろに回してドレスの背中を見せるハプニングもありました。

 実際の青いドレスは300gの組み換えクモの糸(今申請すればギネス記録です)で織られています。手触りはちょっと硬質なタイシルクのよう。染色は糸の段階で行っており、金属光沢のブルー(イタリアのサッカーチームの色、アズーリ)は深みのある輝きを放っています。40デニールの太さは、ドレスを織るのに必要な量の糸をぎりぎり確保する計算で決まりました。だがそう簡単にクモの糸ドレスはまだ誕生しなかった。実はこの糸では機械織りができないということが間際に発覚したのです。この壁を突破したのが、スパイバーが存在する山形県庄内地方の首都、鶴岡の実力です。シルクロードの東端に位置する鶴岡は養蚕、紡糸、紡績、絹織物産業が垂直統合している我が国の都市の北限でもあります。なんと82歳のお婆さんが手織りで青い反物を織り上げてしまったのです。

 何故、スパイバーだけが成功したのか?この謎は網暫く特許が公開されるまで待たなくてはならないのですが、鶴岡市が2000年に慶応大学先端生命科学研究所を誘致、メタボロームという技術革新を起こし、世界中から若い才能を引きつけたことがきっかけとなりました。米国や英国などの一部の地域でしか成功しないという都市伝説のあるクラスターが、ここに形成され、伝統産業を巻き込みつつ、新しいイノベーションの連鎖を始めたのです。

 鶴岡から大挙してスパイバーの社員が六本木に勢揃いしていました。皆何故か、面接を受ける学生のようにダークスーツに身を固めていたのは、何かの勘違いでしょうが、彼らはここ3日ぐらいほとんど不眠不休でした。通常の仕事に加えて、この発表会の準備をしていたのです。しかし、全員がまるで楽しくて楽しくてしょうがない。まるで学園祭の乗りですが、皆の顔が本当にきらきらと輝いているのが、ちょっと妬ましくなるほど。心が一つになっています。取引先も、株主も、官僚も、シニアの技術者達も、大学の先生も、そして友人や家族がごったまぜの披露会場の熱気が、家族主義を打ち出して成功した米Genentech社が毎週金曜日に開催していた黎明期のビアパーティに似ている。この楽しさと懐かしさを、我が国のバイオベンチャー企業は、もう一度思い出さなくてはなりません。

 良いパーティにご招待、ありがとうございました。

 今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満
ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/