皆さん、お元気ですか

  いつもより1週間も田植えが遅れた庄内平野からトンボ返りして、現在、東京で開催されている第10回国際ゲノム会議の会場でこのメールを書いています。

 まずはお知らせです。日本パスツール協会が主催する「国境なき感染症からあなたを守る」と題したシンポジウムが、今週金曜日(5月24日)午後1時から午後5時半まで、東京六本木の国際文化会館で開催されます。フランスのPastuer研究所国際ネットワークと我が国の感染症研究国際ネットワーク推進プログラムの初のジョイントシンポジウムです。感染症研究の現場から日仏の研究者がリアルに情報発信を行います。アジアや新興国に進出してビジネスをせざるを得ない企業関係者には必見のシンポジウムであると思います。私もパネルディスカッションで参加いたします。参加は無料ですが、事前登録が必要です。下記をどうぞご参照願います。
http://www.riken.go.jp/pr/events/symposia/20130524_2/

 さて個の医療です。

 ヒトゲノムの全解読発表から10年。今年で第10回目となった国際ゲノム会議は今や、 一言でいって、基礎研究から完全に臨床開発に焦点を当てた会議へと変わりつつあります。静岡県がんセンターや国立がん研究センターが、肺がんなどのがん患者の一部もしくは全ゲノムシーケンスを行った発表がありました。またちょっと先ですが、iPS細胞が再生医療として臨床応用される場合には不可欠な細胞の品質管理技術として全ゲノムシーケンスと全エピゲノムシーケンスが必要です。

 京都大学iPS細胞研究所とバイオインフォマティックスのベンチャー企業アメリエフの共同研究で、その手法を確立するための予備的な発表もありました。まず患者から採取した皮膚細胞群の中の細胞の多様性が明かになりました。また、このポスター発表で気になったのは、樹立されたiPS細胞株間で遺伝子発現プロファイルを見たら、生存に必要なありふれた遺伝子群はばらつきは少なかったのですが、初期化するために導入した遺伝子によって遺伝子発現が変動する遺伝子群ではばらつきが見られたことです。これは予想通りですが、いかに患者から樹立した多様なiPS細胞株から再生医療に最適な株を選抜することが重要であるかを、示唆する結果となりました。ヒトの細胞のマルチオミックスを統合的に解析することは、iPS細胞研究はかりでなく、細胞学のレファレンスのインフラにもなりますのでどんどんやっていただきたい。最終的には今回の学会でも話題となっていた1細胞のマルチオミックスを工業的に行える技術開発がどうしても必要かもしれません。

 一方、目を転ずると第二世代のDNAシーケンサの実用化は急速に進展しつつあります。米Illumina社は2012年12月22日に米食品医薬品局(FDA)に510Kの診断薬と診断装置として、CFTRアッセイ(膿疱性肺線維症の診断薬)とDNAシーケンサMiSeqDxの製造販売申請をしたと発表しています。我が国でも第一世代のDNAシーケンサー(キャピラリーシーケンサー)は診断機器として認可されていますが、第二世代のゲノムシーケンサーの医療機器としての認可はまだまだです。欧米人に膿疱性肺線維症が主に発症することを考えると、我が国でこの疾患の診断機器の商品化は望み薄でしょう。

 基礎研究までは米国と互した研究も一部では展開できた我が国の科学研究は、今までは、必ず実用化の段階に入るとあっという間に米国に差を付けられることを散々目撃して参りましたが、次世代シーケンスではそんな轍を踏まないようにしなくてはなりません。第一は医療機器や診断薬の許認可の透明化と科学に基づいて必要最低限なデータで審査を行う審査側の見識が問われると考えています。是非とも、医薬品・医療機器総合機構は診断薬の審査官を3倍増するぐらいの英断を行うことを期待しています。情けないことに3倍増しても10人には満たないというのが現状です。

 勿論、実用化の壁は厚労省だけにある訳ではありません。どうやら我が国の医療関係者や規制当局に見えない心理的な壁が存在する場合があります。それは何かというとイノベーションを嫌う壁です。あるいは社会主義の壁といっても良いかもしれません。国民皆保険が機能している我が国では、医療は自由市場ではなく、国が管理しサービスを供給する社会主義市場であります。社会主義の病弊として「現状は問題がないのだから、新しい商品や技術は不要だ」というモラルハザードです。規制当局ばかりか、イノベーションに背を向ける医療関係者、企業関係者も多いのです。従来は規制当局が審査をサボタージュしていたのですが、第一安倍内閣が始めた医療イノベーションによって2006年から我が国は欧米並に少なくとも新薬に関しては開発を効率良く進める体制整備が急速に進みました。第二次安倍内閣では医療機器の許認可の整備が取り上げられていますが、すっぽりと抜け落ちているのが診断薬の審査体制の整備です。コンパニオン診断薬が必要な抗がん剤や一部の新薬を除き、診断薬や診断装置、診断サービスにおけるイノベーションの実用化は大きく、欧米に遅れをとっています。それに加えて、医療関係者のイノベーション嫌いが診断分野ではまだまだ大きく残存しています。

 やっと今年3月から我が国でも臨床研究として使用始まった無侵襲的出生前遺伝学的検査はその典型です。母胎血中の胎児DNAをシーケンスして診断するこの手法は、リスクのある羊水採取もなく、診断精度も高い、しかも従来の染色体検査のように検査担当者による個人的な差も防げる優れものです。これを開発した米Sequenome社は2011年に米国で商業化を開始、既に世界20カ国で実用化しています。また、核型分析も今時、検査技師や病理医が染色体の画像を並べ換えて決定している前近代的な診断サービスが主流なのは我が国だけです。既にアジア諸国も含めて、DNAチップが一般的になっています。

 個の医療の実用化には診断薬や診断機器のイノベーションは不可欠です。旧態依然のままが良いというモラルハザードをぬぐい去り、診断の分野でもイノベーションに積極的に取り組む時代がもう我が国でも来たといえるでしょう。製薬企業と比べて企業規模が小さいと診断薬企業の嘆きを良く聞きますが、本気でイノベーションをやる気であるならば、我が国でも企業の統合整理再編成が不可欠でしょう。米Agilent社がコンパニオン診断薬と病理診断の専門企業であるデンマークのDako社を昨年買収したように、今までのバイオの研究支援企業が買収戦を仕掛け、今や診断薬事業に参入しつつあります。気がついたら、業界地図が一変する可能性もあります。今こそ、我が国の診断薬企業は変化を受け入れ無ければ生き残れない状況なのです。

 6月19日のiPS細胞のセミナーでお会いいたしましょう。残席僅かです。どうぞ下記からお申し込みをお急ぎ願います。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/information/20130501/167738/

 今週も、どうぞお元気に。

           日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/