皆さん、お元気ですか?

  細胞の中には機能のまだ分からない機能性RNA(言語矛盾ですが)が溢れています。毎年、バイオ関係の投資・ライセンス関係者の教育プログラム、バイオファイナンスギルドで粘り強くたんぱく質をコードしない機能性RNA研究のめざましい発展をレビューしておりますが、ただただ驚くばかりです。特に、次世代シーケンサーが猛烈な勢いでRNAシーケンスをドライブするようになって、その存在もどんどん明らかになって来ました。やはりクリックの呪縛であるセントラルドグマに私たちは盲目にされていました。

 生命現象を担う機能性RNAは今やバイオテクノロジー研究の主軸になりつつあります。生命は非常に賢く、セントラルドグマのようなたんぱく質による制御システムと機能性RNAによる制御システムをデュアルに駆動して、生命現象の恒常性と分化や進化を展開しています。この両者のシステムを理解しないと、生命に関して本当の事は分からないのです。今まで精々ゲノムの1-2%しか転写されていないと思われていた神話を次世代シーケンサーを駆使して打ち破り、70-90%も転写されている事実を突き止めた理化学研究所の林崎氏が”RNA新大陸”と呼んだのも無理はありません。

 しかし、それでも無数に存在する機能性RNAの機能はRNAi、翻訳を亢進させるRNA、翻訳を抑制するアンチセンスRNA、そしてたんぱく質複合体の足場になる長いRNAなど一部の機能が解明されたばかり。中でも、多種発見される長いRNAが生体内で本当に機能しているのかは、まったくよく分かっておりませんでした。そこに光を投じたのが、東京大学医学部付属病院22世紀医療センター抗加齢医学講座の井上聡特任教授と同病院老年病科の高山兼一特任臨床医です。2013年5月3日号のEMBO Journalでその詳細を発表しました。文部科学省のセルイノベーションプログラムと次世代がん研究シーズ戦略的育成プログラムの成果です。

 同グループは前立腺がんに注目しました。前立腺がんは男性ホルモン、アンドロゲンによって増殖が誘導されます。次世代シーケンサーによりアンドロゲンを添加した時に転写されるRNAを片っ端からシーケンス、全ゲノムにわたってどこの部分の転写が誘導されるかを明かにしました。中でもアンドロゲンによって誘導される遺伝子群の転写を抑制する転写因子(CTBP1:carboxyl terminal biding protein1)遺伝子と対合する反対側のDNA鎖にコードされているアンチセンス遺伝子(CTBP1-AS)が強く誘導することを突き止めたのです。

 この分子は2つのがん促進作用を持っていました。第一の機能はCTBP1-ASが転写されCTBP1の翻訳を抑制する(アンチセンス作用)だけでなく、CTBP1-ASは長いRNA分子として機能していました。エピゲノムを修飾し、転写を抑制するPSFたんぱく質(PTB-associated splicing factor)の複合体と結合するのです。その結果、CTBP1の転写を抑制します。少しややこしいですが、この作用の結果、アンドロゲンを添加した時にCTBP1たんぱく質の邪魔が排除され、前立腺がんの増殖に必要なアンドロゲン誘導遺伝子群が転写され、がんが増殖するのです。第二の作用は、形成されたCTBP1-ASとPSFたんぱく質の複合体が他のゲノム領域のがん抑制遺伝子(p53やSMAD3)の転写も抑制し、がんの増殖や発生を促す作用です。

 今や食生活が西洋化した我が国でも、前立腺がんは高齢男性のリスクとして増大してきました。抗がん剤はいくつか開発されて来ましたが、一端治療できても再発・再燃という厄介な問題は解決できていません。CTBP1-ASは新たな創薬の標的となる可能性があります。前立腺がんの患者の組織でもCTBP1-ASの転写が亢進していました。まだ基礎実験ですが、CTBP1-ASを抑制するsiRNAを注射すると動物実験で腫瘍の増殖を抑制したのです。やや手詰まり感があった、前立腺がんの新薬開発に新しい突破口が現れたのです。ますます面白くなって参りましたね。

 今月もどうぞお元気で。

      日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満