皆さん、お元気ですか?

 先週はまあびっくりするような事件が起こりました。まずマンチェスターユナイテッドの不動の監督と思われていたファーガソン監督の突然の引退。これが香川選手にとって吉と出るか?凶と出るか?まだよく分かりませんが、ポジションがかぶるルーニー選手が移籍を希望しているという報道もあり、暫くは目が離せない状況です。また、錦織選手がとうとうテニスの皇帝、フェデラーを破りました。今月末から開始される全仏選手権ローランギャロスの前哨戦であるマドリード選手権の準々決勝の出来事です。すわ、テニス界でも下克上が起こったか?と思いましたが、翌日、格下に選手に敗れる始末で、まだまだトップ10に入るには、研鑽を重ねる必要があります。しかし、全仏には期待できそうな雰囲気となってきました。

 さて、バイオです。現在、東大の小柴講堂で科学技術振興機構が主催するがんのシンポジウムに参加しております。基礎研究からいかに次のイノベーションにつなげるかを議論するものです。基礎研究の牙城である東大でも、イノベーションに本気になりつつあるのかも知れません。会場は八分の入りです。大きく医学やバイオ研究者の意識が変わりつつあることを体感しております。実はこうした意識の変化が、建物を新設したり、ゴウジャスな装置を作るよりも、長い目でみれば大きく世の中を変えるものなのです。

 2013年度は我が国の研究システムにとって、大きな文化革命が起こる可能性が出て参りました。我が国の大学の最大の問題の一つである学士農工商意識が破壊される可能性が現れました。明治維新が旧来の士農工商の身分制度を打破、四民平等を実現したことにより、国民が奮起し、文明化が進んだ事実を忘れてはなりません。イノベーションがまるで大学の専売特許のように考え、企業のことを「業者」と呼んで憚らない大学の精神風土が、実は複数領域の学問・技術の融合とビジネスモデルの革新、そして資金と人材の調達が必要なイノベーションの実現を阻む最大の壁の一つです。しかし今や、イノベーションを阻む大学の選民意識が壊れる大きな圧力が財務省の無責任なイノベーション振興策の結果、大学にかかりつつあります。これによってひょっとすると真の産学連携を可能とする大学と企業のフラットな新しい関係を構築できるチャンスとなるかも知れません。

 今年は誰も(少なくとも首相も財務省も)予想していなかったことですが、我が国のイノベーションシステムにとって、大きな思想上の転換点となる可能性があります。まさにひょうたんから駒。白い巨塔から大学の先生達が世間に出て、下々の苦境や事情に通じる機会が突如現れたのです。

 既にこのメールでも報道しましたが2012年度の補正予算で、JSTに600億円、大学に1200億円それぞれ出資して、イノベーションを促進する政策が採択されました。東大に500億円、京都大学に300億円、阪大と東北大学にそれぞれ200億円出資されます。財務省は預かり証券を確保し、大学はバランスシートでは出資を受けた格好ですから、国の財布には会計処理上には響かない。ウルトラCの政策です。受け取ったJSTや大学は、この出資金を元でに企業と共同研究を行い、事業化が成功したら共同研究相手から資金の返還(無利子)を求め、事業化に失敗したら研究費の10%を返還するというスキームです。

 JSTは従来から類似した実用化推進事業のスキームを利用して600億円の資金を年度内に共同研究に提供しますが、これはJSTが今まで行ってきた事業の20年分の仕事です。経験に富んだ人材と企業とのネットワークがあるJSTでもこれは大変な仕事です。苦戦していることが聞こえてまいります。まして今まで企業に資金と提供して共同研究をやったことがない大学では、法律改正が必要な新規事業です。人材もノウハウも企業とのネットワークも大学には十分ではありません。これからお金をもらってしまう大学は実はどうして良いか途方に暮れている状況です。しかし、これは新政権の成長戦略の目玉でもあり、間違いなくお金は財務省から降ってくることになると思います。

 妙な状況ですが、こうした産学連携バブルが、実は大学にまだまだ遺存している学士農工商という意識を破壊するドライバーになると、私は期待しています。例えば、JSTは今までは企業の申請に対して事業資金を貸与する貸し主の立場でした。しかしこれからは土地バブル期の銀行のように猛烈な営業を行い借り主(共同研究先)を探さざるを得ないのです。大学も同様です。JSTも大学も今まで無縁だった“営業”を行わなくてはならない、つまり頭を顧客に下げなくてはならないのです。今まで業者と呼んでいた企業に、頭を下げて共同研究をしてもらうのです。今まで頭を下げたことなどないJSTや大学にとって、これは間違いなく意識革命を引き起こすものだと考えています。多分、10億円程度の単位のお金ならそんなことは起こらないのですが、少なくとも1大学で200億円以上の資金の共同研究を年度内に締結しなくてはならないとするならば、これは産学連携の担当者だけではとても消化不能。理系の全教授が営業マン、少なくとも営業マン的な意識を持たないととても消化できない。

 一方、企業の反応はどうか?実は企業は10年後に借金となるような共同研究費を大学やJSTから受け取ることを躊躇っています。一部の事業化が確実なものを除き、この実用化推進事業に乗るには企業にとってリスクが高すぎます。従って、JSTも大学もより積極的な営業せざるを得ないのです。学士農工商の意識を保ちながら、営業は成立しませんから、今回の新産業創造バブルによって、産学連携の世界でも四民平等にならざるを得ないと考えます。若い教官達は選民意識は元々薄いですから、産学連係の心理的壁を形成していた先輩達の思想転換が進むことを期待しています。

 もし、この思想転換が成功すれば、1800億円のバブルは決して高くないと思っております。大学もJSTも是非とも頑張っていただきたい。但し、バブル期の貸し手であった銀行のように、バブル崩壊後に借り手責任だけ問い、責任回避するようなことは当然、あってはありません。

 今週も皆さん、どうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

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