皆さん、お元気ですか?

 今朝は今年4月1日に新たに改組されて誕生した厚生科学審議会感染症部会の第1回会合を取材して参りました。東京は突然の驟雨などまるで台風のようなモザイク状の気候で、間一髪のタイミングでタクシーに転がり込みました。現在もなお波乱含みの天候です。

 今回の感染症部会は我が国政府がH1N1のパンデミックに対する情けのない対応状況を反省し、感染症対策を強化した組織改革です。従来は感染症分科会の下に感染症部会が存在しておりましたが、4月からは厚労科学審議会の直下に感染症部会、結核部会、予防接種・ワクチン分科会が新設されました。それだけ政府がやる気を見せた第1回の歴史的な会合ですから、記者としては見逃す訳には参りません。まして、中国で流行が拡大しつつあるH7N9型インフルエンザウイルス感染症に対する対策も議題に上がっております。既に、ウェブ上のニュースで流れておりますが、結論から言えば、今回の部会でH7N9を感染症法で定める指定感染症に指定、高病原性鳥インフルエンザ(H5N1)と完全に同等な扱いを受ける2類感染症(現在は黄熱病と同じ4類)として対策措置を打つことができるようになりました。また、病原体自体は管理規制上はH5N1も同じ分類なので現在のまま4種病原体に認定されました。

 簡単に言うと、H5N1並の感染症対策を国が打てる状況が認められたのです。後手後手に廻ったH1N1パンデミックの反省か、我が国の政府としては異例に迅速な対策を打ちました。第4類感染症に準じた対策を取るとすると、感染者を診た医師は届け出義務が生じます。政府も情報を公開する義務を負います。また、症状が出た患者には指定医療機関での入院が勧告され、医療費は公費負担となります。また、発症した患者の就労も感染拡大から制限を受けることになります。

 但し、ここで誤解をしてはならないのは、今回の指定感染症への指定措置はH7N9の感染拡大を完全に防ぐ防疫措置ではないことです。むしろ指定の目的は、患者の早期発見と重症化の予防にあることを理解しなくてはなりません。部会でも確認されましたが、疑似患者(H7N9であることが確認されていない患者)と無症状の感染者は入院勧告や就労制限の対象から外されていることからも、明らかです。指定感染症になったからといって決してパニックになる必要はないのです。政府の意図は、まず感染症対策の十分な備えをして、H7N9の我が国への侵入に備える、ということを実現したに過ぎません。

 今月、施行された新型インフルエンザ対策特別措置法は社会防衛のための防疫的措置を定めた法律ですが、まだH7N9はこの法律が適応されるまでのリスクはないという判断です。防疫的な措置を取るためには、H7N9のヒト・ヒト感染が始まり感染が蔓延するリスクを検証しなくてはなりません。また、感染した場合でも、どれほど生命に対する危険がどういった条件の患者群に生じるのか、これを見定めなくてはならないのです。そのためには、中国で分離したH7N9のゲノム配列からのヒト感染性の可能性をまず検証する必要があります。残念ながら患者からの分離株(4株)のゲノムには全てで、ヒトの受容体に感染し易くなる変異があり、尚且つ、PB2遺伝子(ウイルスゲノムが複製するために必要なRNA合成酵素遺伝子)にも変異が存在し、この酵素が作用する至適温度が鳥の体温(41°C)から、ヒトの上気道の温度(34°C)に低下していました。つまりゲノム配列だけ見れば、H7N9はヒトで流行する可能性を持つ悩ましいウイルスなのです。4月3日に慌ててこのメールで皆さんにお伝えしたのも、この情報が根拠でした。

 但し、世界保健機関はヒト・ヒト感染をまだ認めていませんが、過半の患者は鳥との接触がないことも発表しています。また、やっと調査が進んだ結果でしょうが、H7N9には回復して退院した患者も、また感染しても発症しない無症候感染者も存在することも分かってきました。部会では、中国での患者や市民のH7N9ウイルスに対する血中の抗体価のデータなどが出てくれば、今までヒトに感染したことがないことだけが根拠にH7N9は重症化する可能性が高いという警鐘も、冷静にどの程度であるか吟味できるようになると見通していました。4月3日のメールでも交差免疫がなければ重症化すると記述しましたが、ひょっとしたら今回流行しているH7N9は過去に季節性インフルエンザか、あるいは他の感染症との交差免疫を生じるのかも知れません(根拠なき希望ですが)。こうしたH7N9の感染症としてのリスクを評価できる情報が集まれば、指定感染症の指定改定もありうるというのが、現在の状況です。つまり今朝の部会は転ばぬ先の杖を定めたに過ぎません。

 4月15日に都道府県や検疫所にPCRのH7N9検査薬が既に頒布されています。皮肉にもむしろこれからの心配は、我が国で多数のH7N9患者が発見され、社会に無用なパニックが起こることです。中国に比べ、医療機関へのアクセスのし易さ、保健所や検疫所などの現場の担当者の献身、そして情報化社会と教育レベルの高さによって、中国では見過ごされている患者が、我が国では軽症例ですらどんどん検出される可能性が高いためです。我が国の社会が感染症に対する“感度が世界一高い”ため、見かけ上、我が国で大流行が観測されてしまうおそれがあることを知らなくてはなりません。

 現在までに一株(A/Shanghai/1/2013)がタミフル耐性のゲノム変異をもっていましたが、中国で調査したところ酵素レベルの試験ではタミフルが効果があったとのことで、H7N9は早期発見できれば治療は可能です。いつかは薬剤耐性を獲得するでしょうから、RNA合成酵素阻害剤の開発も急がなくてはなりませんが、パニックになるほどのことではないのです。

 なんだか、歯切れの悪いお説教のようになってしまいましたが、国が万全の備えを敷いたことだけはご理解願います。万全の備えを敷いたことで、不安が掻き立てられるような皮肉な副作用を持たぬよう、冷静にお願いいたします。

  皆さん、今週もお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満