現在、高知市に滞在しております。コートいらずの温かい陽気です。このところ極寒の東京で縮こまっていた身も心も広がるようです。南北に広大な領域を占める日本にはもう春もやってきているのですね。世界はまことに広い。実は明日、弘前に伺う予定もあり、気温差20℃を体感します。まったく気候だけをとっても日本は多様です。この多様性が日本が世界に発信する創造性に源であると確信しており、時間と空間のマトリックスで日本を堪能しています。日本には素晴らしいソフトパワーが充ち満ちています。今までみたいに何でもかんでも東京風をよしとする、中央集権的精神構造さえ変われば、地方は必ず復活します。グローバルに考えれば東京もエキゾチックな街に過ぎません。

 さて、個の医療です。

 今朝の高知新聞にでかでかと、京都大学iPS細胞研究所のグループがiPS細胞で腎臓を形成したという記事が掲載されており、あっと驚きました。よく読むとNature誌に掲載された論文の引用ですが、まだ腎臓という臓器を再生した訳ではなく、腎臓の組織の一部を試験管で合成した段階でした。しかも、マウスの腎臓細胞と共培養しており、まだまだ基礎研究の段階です。あんまり興奮してはいけません。

 究極の個の医療の形態として、自分のiPS細胞から自分の臓器を創り、臓器移植するという考え型もあります。これはドナー不足によって袋小路に入っている我が国の移植医療の突破口を示すアイデアです。自家のiPS細胞であれば、拒絶反応のリスクも削減できるため、一石二鳥であると言えるでしょう。臓器形成の研究は、器官形成における細胞間のコミュニケーションや発生・分化を決める時間的・空間的軸の実態を極めるために、大変重要であると思います。こうした試みは生命の謎を正当に解き明かす研究で、決してマッド・サイエンティストの仕業ではありません。

 しかし、本当にそんなこと(臓器形成)ができるのか?

 様々な研究者が、複数の細胞を重層したり、混ぜたりして、また、様々な材料で形成したスキャッフォールドを活用したり、成長因子に濃度勾配を与えて見たりして、ありとあらゆる実験が展開されています。しかし、まだ初期的な成果の段階に止まっています。

 こうした低迷するボトムアップの臓器形成の研究に対して、大胆な発想転換を行った研究者がおります。東京大学医科学研究所の中内啓光教授です。この発想の”力強さと単純さ”は一種の天才といっても過言でありません。中内教授は、動物の体内で本来臓器が発生する空間(ニッチ)を利用できないか?と考えたのです。例えば、PDX1という転写調節遺伝子をノックアウトするT膵臓を形成できない動物を生むことができますが、そうした動物の受精卵に正常にPDX1遺伝子を持つiPS細胞を細胞移植して、発生させれば、その空間をiPS細胞由来の細胞が占めるのではないかと考えたのです。空間を占めるだけでなく、きちっと正常な発生のステップにそって、細胞同士の接着や成長因子の供給、血管やリンパ管・内分泌管などの形成も行われるため、あわよくば膵臓をiPS細胞由来の細胞が形成してしまうのではないか?という大胆な仮説を打ち立てたのです。

 そしてまんまと動物の臓器形成に成功してしまったのです。詳細はまだ報道できませんが、ラットの受精卵に移植されたマウスのiPS細胞は、借り腹に移植して誕生した子どものラットで臓器を形成したのです。臓器の機能も確認しており、正常な臓器として機能しています。まるでコロンブスの発想ですが、目的とする臓器特異的な転写因子をノックアウトしたブタを作製、その受精卵にヒトiPS細胞を移植した子どもを産めば、その子豚にはヒトの臓器が形成される可能性を証明してしまったのです。ブタの臓器はヒトの臓器に形もほぼ一緒ですから、いずれ移植可能なヒトの臓器も形成できると期待できます。

 最大の問題は、倫理的な問題です。こうした研究は動物の胚にヒトの細胞を入れるキメラ胚形成の研究ですが、これは英国を除き、我が国を含めた世界各国で認められていない研究です。英国は先見性に富む医学研究者の発議で、国会での議論を経て、規制が整備されました。日本では議論もされていません。しかし、こうした技術突破が起こった事実を直視し、国内でドナーが不足しているため我が国患者が海外で移植し、国際的に白眼視されている事実も直視し、臓器移植によって患者さんの幸福を増大し、トータルの医療費は削減できる事実も直視し、尚且つ、国内外で臓器売買という不法行為が後を絶たないことも直視すると、我が国でもヒトと動物のキメラ胚を医学的に治療をめざす研究に限定して、解禁する議論を今から始めるべきであると思います。確かに感情的な違和感は否めませんが、ここは冷静に議論を進めるべきでしょう。一歩踏み出す時であると思います。皆さんは、どう考えるでしょうか?

 今週も、皆さん、どうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

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