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◆□◆□●皆さん、お元気ですか
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 明けましておめでとうございます。

 今年も大磯で新年を迎えましたが、元旦の日の出は海上にたなびく雲に邪魔され、
エッグマフィンのような日の出となってしまいました。今年が変化の年となる予感
を裏付けるものです。今年のバイオテクノロジーは技術突破に加え、それを社会に
事業としてお返しするイノベーションの二つの面から大きく変化すると考えています。
今年も、皆さんと走り続けなくては成りません。

 現在、横浜のベイエリアの病院の耳鼻咽喉科の待合室でこのメールを書いており
ます。

 とうとう耳が遠くなったのかと思われた読者の期待には添えません。ここで現在、
内耳の外科手術している医師が、再生医療に甚大な貢献をしたのです。まだ、解禁前
なので詳細はお伝えできないのですが、再生医療というと細胞移植に凝り固まった皆
さんの思考を打破する技術突破がありました。2013年は技術と社会・経済、そして急
速に進む市場・資本・人材・情報のグローバル化が巻き起こす波動に、否が応でも皆
さんと一緒に対応せざるを得ないのです。

 今朝、いつもの通りhotmailを利用していたのが、突然、outlookに統合されてしま
いました。画面がまったく変わったので戸惑われた読者も多いのではないでしょう
か?インターネットのおかげで、Seattleで行われた決断に皆が影響を受ける次代と
なってしまったのです。無料サービスなので文句も言えないのがなんとも残念です。
今年もこうした予想外の変化が国内外からバイオに次々に波のように押し寄せます。

 第一の変化は、2012年にヒトゲノムのシーケンスコストが1000ドルを切ったことに
より、バイオテクノロジーがますます情報科学の様相を深くすることです。ヒトゲノ
ム情報に基づく、個の医療を遂行するためにも、膨大なデータ処理が不可欠になって
きました。

 1000ドルゲノムは実現したが、核酸塩基配列を臨床情報へ転換する臨床ゲノム技術
のためには、膨大な情報処理のコストが必要になりました。この情報処理コストを削
減できなければ、急速に収集されるマルチオミックスデータを目前にしながら、活用
できない、”ゲノム情報の崖”に直面することになります。

 数学が嫌いだから、生物学を志した私のような人材はもはや単独では使い物になり
ません。優れた数学者や生物統計学者との連携が不可欠になってまいりました。昨年
から続々と立ち上がったゲノム・コホート研究や疾患コホート研究、それらを統合す
るバイオバンクやデータベースが、巨大な生命情報の津波を引き起こします。それを
防ぐためには、データの標準化やノイズを削減する手法、加えて複数のフォーマット
によって記述されるデータの連関を取る手法など、様々な数学的な手法が必要なので
す。

 是非とも臨床数学、応用数学、バイオ数学など、名称は何でも良いので、バイオに
貢献する数学者を養成し、彼らのためのポジションjを用意しなくてはなりません。

 第二の変化は、単なる個別の技術突破の競争から、ソリューションを提供する
プラットフォームへと競争が変化することです。例えばプロテオームです。昨年、産
総研のグループが、双腕のヒト型ロボットを前処理に導入、飛躍的に解析精度と再現
性を高めました。人手では細胞を掻き取る際にたんぱく分解酵素を活性化するために、
分解されて見えなかったたんぱく質複合体の解析も進んで来ました。異分野の技術
融合が新しい技術突破を可能にします。それもこれも、ヒトの全プロテオームを定量
解析したいというソリューションを意識したから起こった技術突破です。電気泳動の
単なる改良や質量分析機の改良ではとても、この技術突破は起こせなかったと思い
ます。これによって今年は、ヒトの全プロテオームの定量解析が可能となる年となる
と考えています。いままで生命現象の設計図から実態であるたんぱく質の動態を推定
せざるを得なかったのですが、いよいよ生命の本体であるたんぱく質を定量的に捉え
ながら、生命を解析できる時代がやってきました。

 今まで代謝産物の悉皆解析からシステム生物学が発展してきましたが、酵素分子
の量やシグナル伝達に関わるたんぱく質の活性体の量まで補足できるようになれば、
代謝だけでなく、シグナル伝達までがシミュレーションの対象となります。いよいよ
バーチャルセルの誕生も近いと期待しています。昨年は半生物のマイコプラズマの
遺伝子ネットワークの解析が行われましたが、今年は一歩進んで細胞そのものを
シミュレートする初期的な研究成果が出るかも知れません。いずれにせよ、複合的な
技術をどうやって組み合わせて、生命の謎に挑むか?各省庁によって分断されて
しまった研究資金では、これに取り組みことは難しいかもしれません。

 第三の変化は、国家の制度疲労です。中央高速道路のトンネル崩落事故では
ありませんが、わが国が国家として科学や産業振興を行い、富を産み、国民を豊に
するシステムに制度疲労が来ています。戦後の復興を主に製造業資本主義によって
成し遂げたわが国の国家システム・社会システムが、もはや21世紀の知識資本主義
に対応できていないことを、もっと素直に認めるべきです。今年は総ての国家シス
テムと社会システムの総点検と、21世紀の新しいシステムへの模様替えを行わなく
てはなりません。また、患者もまだ呪術的な救いを医師に求めるなど、まだまだ医
療の当事者としての自覚も知識も足りません。世界と競争できる先端研究はあるの
に、こうした前世紀の遺物である医療や社会システムに取り巻かれ、事業化が遅々
としないのが今の日本なのです。

 例えば、我が国の臨床試験のデータは、国際共同治験をすれば明白ですが、極め
て質が高い。しかし、やっと昨年、我が国でファーストインマンの臨床拠点が展開
されるなど、臨床試験を遂行する環境としては我が国は立ち後れています。これだ
け医療関係者が懸命に激務を成し遂げており、ここの人材の質も国際的に卓越して
いるのに、何故なのか?これを取材すればするほど、我が国の医療システム全体が
世界から遅れていることに気がつきます。新薬開発などイノベーションは業務の範疇
になく、旧態依然の医療を配給することに特化したシステムが今の病院なのです。
その癖、症例も蓄積でいないのに腎臓移植をやりたがる。医療の進歩ではなく、
医療の均霑化という名の下で悪平等を追求しているのが今の医療制度なのです。

 医療の分業化、医師や医療関係者の品質管理、医師の権限の分散化など、医療を
近代化する必要があります。また当然のことですが、国民皆保険であれば全員のカ
ルテをシェアできる共通電子カルテは不可欠です。そして、カルテデータの所有権
を患者個人だけでなく、匿名化した上で国家にも与えるべきであると考えています。
デンマークなど北欧各国が臨床オミックスで世界をリードしているのは、国民
皆保険制度の下、カルテデータの所有権を国家が個人のプライバシーを担保した
上で、公共のために保持、活用しているためです。こうした社会制度もトランスレ
ーショナル研究の競争力を産むインフラなのです。

 ゲノムコホートによるマルチオミックスデータの蓄積と対抗し、個の医療を実現
するためには、医療情報の収集が鍵を握っています。どうしても、わが国に共通の
電子カルテのデータベース構造と疾患や病態を表現する共通言語やコートを整備し
なくてはなりません。大前提としては、患者毎のデータを名寄せできるマイナンバ
ー制度の確立も必要です。今年は政府からではなく、民間の動きとして医療のマイ
ナンバーを普及する運動が始まりそうです。これに私は大いに期待しています。

 ゲノムやバイオなど先端技術だけで、バイオ産業が競争できる時代は終焉し、こ
れからは先端医療を実用化するインフラの勝負、つまり総合力の勝負となるのです。
新産業創生のため、自民党政権は積極的な投資を行う気配ですが、これを従来型の
プロジェクト研究に投資するだけでは智恵がありません。2000年から始まったミレ
ニアム計画の轍を踏むだけでしょう。今回は、是非とも国民が現在抱えている問題
を解決することを目的に、省庁をまたいだ総合研究を行うべきであると考えています。

 今年はもう基礎研究は文科省、臨床研究は厚労省などといった役に立たない
約70年前の定義にそって予算配分することを辞める努力を財務省に智恵を絞って
いただきたい。東日本大震災の復興なり、健康長寿なり、安全なエネルギーの確保
なり、国民が今最も求めている解答を出すプロジェクトベースの行政組織や国家
資金の投入に挑戦しなくてはなりません。いきなり全て変えるのは旧民主党政権で
膨大な無駄と落胆を招くことが分かりましたので、10年後を目指してステップバイ
ステップで進む必要があります。参議院選までは、財政投入で景気にてこ入れをする
ことで精一杯でしょうから、その後は是非ともまず規制緩和と減税で民間の活力を
かき立てるべきでしょう。そして、最後の仕上げはソリューションベースの国家プ
ロジェクトの遂行システムの構築です。これは省庁再編成や地方分権とも関わる大
手術となりますが、今やらないと子孫に禍根を残すことになります。

 今年注目のiPS細胞の臨床研究も、我が国の医療制度の棚卸しを行わない限り、
一過性の花火で終わる可能性があると思います。今年の通常国会では薬事法改正
に加えて、再生医療に関係する2本の法律が上程される予定です。この変化を、医療
システム全体の変化につなげるべく、今年は猛烈に頑張らなくては成りません。今
や政権交代で影が薄くなった医療イノベーション推進室は、是非とも歴史に存在を
刻むため、我が国の医療の総点検を行い、医療イノベーションを創出するための環
境整備を推進するべきであると考えます。直ぐに成果がでることを虫食い的に行っ
ても、我が国の慣性力には抵抗できません。

 第四の変化はエネルギー構造の変化です。1901年のテキサス大油田の発見以来、
石油が支配してきた歴史が変わろうとしています。北米を中心に起こっているシェ
ールガス革命です。南北アメリカでエネルギーの自給が可能となると、中東に干渉
せざるを得なかった米国の関心が、新世界中心に移行し、新たなモンロー主義を招
き兼ねません。その時、米国に安寧を依存してきた我が国のアジアでの位置は微妙
なものとなるでしょう。アジアの近隣諸国との関係強化にもっと腐心しなくてはな
りません。

 しかも、バイオエタノールの商業化は常に、原油価格の高騰が前提となっていま
した。

 安く膨大なシェールガスの実用化が、バイオエタノールへの期待を減ずる可能性
も頭に入れておかなくては成りません。我が国ではむしろ、原子力発電への依存を
減ずるシナリオの要素として、バイオエタノールやバイオブタノールの活路を描か
なくてはなりません。結局、原子力は高く付くことが、国民に分かってしまったか
らです。加えて、地球環境問題を認識した人類は、もはやシェールガスという廉価
なエネルギー源を活用できたといっても、放埒な温室効果ガスの放出を許さない状
況になったと思います。

 我が国の輸入の3分の1は石油や天然ガスなどエネルギーが占めています。温室効
果ガス放出を抑止し、しかもエネルギーへの支出も抑止、さらに安定なエネルギー
供給を実現するために、智恵を絞らなくてはなりません。バイオなどによるエネル
ギー源の多様化はコストには背くことにはなりますが、セキュリティとしては手放
せない選択肢です。

 バイオエタノールなどの再生可能エネルギーを国民としてどれぐらいの負担で選択
するか?

 太陽電池による売電制度のように、国民の政治的な決断がバイオエネルギー生産に
は欠かせないのです。いつまでも研究だけではこの分野で我が国の企業が世界に貢献
することはできないと思います。制度と技術のパッケージの輸出が必要となるのです。

 シェールガスの登場はエネルギーによる支配から、食糧や水による支配が国際関係
で影響力を持つシフトを起こす可能性があります。増大する人口を賄うための次の律
速は食糧と水であるためです。我が国は残念ながら野菜の種子では国際的な競争力を
持つ企業が存在していますが、農水省が国家管理していた米などの穀物では競争力を
持つ企業が存在していません。これは我が国の未来を暗くするものです。農水省が一
貫して米の供給を確保する完璧なシステムを構築し、民間参入を阻んできたためです。
結果が米飯の消費量の長期減少、農業の担い手の喪失、そして挙げ句の果てには、熱
量換算で食糧自給率が4割を切るという体たらくです。今やバイオテクノロジーで、
耐寒性や耐乾燥性品種など、第二のグリーン革命が起こる寸前です。最大の組み換え
農産物の輸入国である我が国の消費者が、遺伝子組み換え技術による農産物を食べて
いないと安心している倒錯した状態を放置しているのは、政府の手落ち以外に何もの
でもありません。こうした国民理解の失敗は、風評被害というとらえどころの無い不
安を理由に、バイオテクノロジーの農業への浸透を阻む崖となっています。今やター
レンなど痕跡が残らない遺伝子組み換え技術や変異技術も誕生しています。技術革新
から我が国の農業が大きく取り残されようとしているのです。農水省は北欧諸国のよ
うに、食糧省に名前を変え、消費者の食糧供給と安全に責任を持つべきでしょう。
農水省が抱えているだけの遺伝資源と育種圃場、技術者は我が国の企業に解放し、早
急に我が国の化学企業の育種産業への再参入を支援すべきだと思います。勿論、国家
レベルで遺伝資源の確保と集中管理は担保する体制を整えた上で、世界の食糧問題解
決に貢献するアグリバイオ企業を育成する時がやってきたと思います。

 花より団子。いつまでも我が国の植物バイオ技術を花卉に止めておくのは得策では
ありません。表示問題や小中学生や消費者への情報提供問題など、前政権で非科学的
な農水大臣が組み換え農産物に対して恣意的に反対の圧力を掛けたことは忘れてはな
りません。新政権では二度とこのような個人の好みで行政が行われることがないよう
に、心から祈っております。

 科学は完全ではないが、多様な国民の間で合意形成をする最も有効な手段である。
このことを最後に皆さんと確認したいと思います。福島の原発事故で失墜した専門家
に対する信頼を回復するために、これから誠実な努力と膨大なコストを掛けなくては
なりません。まずは、科学者として「ならんものはならぬ」という職業倫理の再検討
から、今年は始めなくてはなりません。これは皆さんばかりで無く、森口事件に巻き
込まれたメディアにも当てはまります。TVで取り上げるなど以ての外。

 2013年はどうやら初心に戻り、一から始める年となりそうです。

 皆さん、今年もどうぞ宜しく願います。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満
ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/