今年は日本の科学政策も転機を迎える。科学技術立国を目指す日本にとって、新産業の創造に繋がる人材の育成こそが国家の基盤である。世界を相手に厳しい市場争奪戦を繰り返してきた産業界にも疲労の色は隠せないが、独創的な技術がどれほどの競争力を持つかということは充分に学んできた。過去の研究開発の予算削減を反省して、反転攻勢、独創的技術の開発に国家レベルで取り組む機運が高まっている。

 世界経済の停滞に伴い、日本だけでなく米国もEUも、昔の様に豊富な国家予算を研究開発に投入することが難しくなっている。世界のニューリーダーが揃った今年は、研究開発の国際協力がより一層進むだろう。昨年は山中伸弥教授のノーベル賞受賞により、基礎生物学の重要性が再認識された。今年から始まるiPS細胞を用いた再生医療の治験結果にも大きな期待が寄せられている。メイドインジャパンの革新医療で世界の人々を救えれば、世界から感謝され後塵を拝する日本の医療産業の振興に繋がる。基礎研究の根が深くなければ応用研究の大きな花は咲かない。

 今年は私の研究環境も大きく変わる。筑波大学に新設される文科省WPI国際統合睡眠医科学研究機構(柳沢正史機構長)に移籍して、睡眠の基礎研究を続ける。大きな目標に向けじっくり研究できる環境を与えられたことに大変感謝している。

 一方、基礎研究だけでは、睡眠を測定せずに睡眠薬が処方され、その効果を測定しない現状は変えられない。そのためにスピンアウトベンチャーとして起業した(株)スリープウェル(吉田政樹社長)は、本年4月に創業3年目を迎える。自宅や旅先での睡眠脳波が測定できる世界最小レベルの脳波計「夢眠計(ムーミンケイ)」を開発し、睡眠判定サービスを行う営業を続けている。国際宇宙ステーションに長期滞在した古川聡宇宙飛行士の睡眠測定用の機器も製作した。既に医療機器の製造販売の認可を受け、本年2月に医療機器としての認証を得る予定である。これを契機に医療分野に進出する。昨年、京阪奈プラザに開設した大阪バイオサイエンス研究所の分室では、睡眠の改善法を提供する産業(寝具、空調、音楽、アロマ、スポーツクラブ、温泉、観光など)と睡眠測定を繋ぐソーシャルネットワークシステムの構築を始める。多くの企業の参加を期待している。

 1997年に開始した(独)宇宙航空研究開発機構との共同研究は今年も続く。国際宇宙ステーションの日本実験棟「きぼう」を利用した微小重力環境での高品質の蛋白質結晶作製と、兵庫県相生にある大型放射光施設SPring-8を使った高分解能のX線結晶構造解析を組み合わせた宇宙創薬プロジェクトが新たな段階を迎える。本年3月、新たな実験試料がバイコヌール宇宙基地から打ち上げられる。

 この研究は、現在も有効な治療法の無い筋ジストロフィーの治療薬や、顧みられない熱帯病(アフリカ睡眠病、リーシュマニア症、シャーガス病などの寄生虫感染症)に対する特効薬の開発に繋がった。蛋白質の構造解析として始めた基礎研究も、粘り強く継続することで医薬品の臨床試験に手が届く段階に達した。一刻も早くこれらの治療薬を完成させ、世界の患者に届けたい。

 日本は、震災復興、エネルギー対策、少子高齢化など、多くの問題を抱えている。しかし、世界に目を向ければ、まだまだ恵まれている。視野を広く持ち、現状を冷静に分析すれば、新産業創出の機会は無限にある。まさに「ピンチの後にチャンスあり」、いや、「ピンチの時こそチャンスあり」である。