皆様、新年おめでとうございます。

 今年は、2003年に「ヒトゲノム精密配列読み取り完了」が高らかに宣言されてから、ちょうど10年目です。この間、ゲノム関係では大きな動きが相次ぎました。また並行してシステムバイオロジーが進展して多様な分野で適用され成果を挙げてきております。

1.ゲノム解読の進展とゲノム設計

 この10年間、ゲノム上に書かれているDNA配列の意味を解読しようとする研究が広範にまた急速に進みました。米国が2003年に始めたENCODE (Encyclopedia of Human DNA Elements)プロジェクトは多くの国の研究者の参加を得て、2007年に第1次成果、2012年9月に総合成果を発表しました。一方日本では、以前から理研が始めていた国際コンソーシアムFANTOM (Functional Annotation of the Mammalian Genome)が2004年からの国家プロジェクトGNP(Genome Network Project) 及び2009年からのCIP(Cell Innovation Program)と合流して、次々と成果を発表してきました (FANTOM 1-4, 2001-2010, Nature, Science, Cell 他)。

 これら2つの代表的なプロジェクトから明らかになったことは、1) RNA新大陸の発見(ゲノムDNAの80%以上がRNAに転写され機能を持つ)、2) 遺伝子制御ネットワーク解析の重要性、3) エピジェノム解析の進展、等でしょう。これらとは別に日本が先鞭をつけたGWAS (Genome-Wide Association Study)が疾病関連遺伝子の発見に大きな貢献をしてきました。

 これらの背景には、2005年頃から浮上してきた次世代シーケンサーの急速な進歩があります。それによって、ヒトゲノム1000人計画、動植物ゲノム1万種計画、がんゲノム計画、微生物メタゲノム計画など、10年前には考えられなかった規模の解析が進んでいます。特に、中国BGI の最近の大規模シーケンシング体制 (次世代シーケンサー百数十台、4300人) は世界を圧倒するもので、目が離せません。最近来日したJun Wang所長は、ミリオンゲノム(ヒト100万人、動植物100万種、100万環境微生物メタゲゲノム) 構想を発表しました。

 ゲノム研究の重要な応用の一つは、個別化医療でしょう。すでに米国FDAではゲノム情報を添付した医薬申請を推奨し数十種類がそれに基づいた審査・認可が行われています。このPharmacogenomics(PGx)は、医薬の適用患者範囲の限定と副作用の軽減によって国民医療費の大幅な低減が期待されます。2012年12月26日に理研横浜で開かれた「統合オミックス研究会」でも、このことが熱く語られました。

 これらの大きな動きとは別に、「ゲノム設計」の分野が急速に活発化しそうです。

 2010年にC.Venterグループが最小微生物のゲノム設計・合成に成功したと発表しましたが、その後も米国DOE の施策の下で、バークレイなどで、エネルギー分野への微生物・植物の改変設計への努力が続けけられています。更に、イギリスが「合成バイオロジー」を推進するべきとの報告書を2011年に出し、その線に沿ってプロジェクトが始まっているのを見のがせません。

 ゲノム設計のコンテストが若い人材を引き付けるものとして盛んに行われています。米国iGEM(International Genetically Engineered Machine)は、バイオロジカルパーツを数多く(数千種)提示して、それらを組み合わせて特有の生物機能を持つ機器・装置を創るコンテストとして年々拡大し、2011年からは米欧亜の地域予選を通過したチームが国際競争の場に臨むことになりました。日本からも数チームが本戦に進みました。それ以外に、理研が2010年から特定機能設計を目指したゲノム設計コンテストを始めており、現在第2回目が走っています。

2.システムバイオロジーの進展と多様化

 システムバイオロジーは、ヒトゲノム解読完了を横に見て2000年頃から米国が系統的な施策を進め、次々とプロジェクト・センター・学科が設立されました。引き続いて欧州が2004年頃から独英はじめEUも含めて多くのプロジェクト・センターが立ち上げられました。そしてその対象が基礎生命現象(代謝・シグナル伝達・細胞周期など)の解明から次第に分野別(がん・糖尿病・微生物・植物ほか)に広がって行きました。この過程で、上記プロジェクト・センターの研究成果の発表が非常に多くなってきました。これらの状況につきましては、「理研サイネス八尾レポート」をご覧ください。

 今後につながるいくつかのポイントを列挙します。
1)対象別システムバイオロジーが広がっています。
 特に、がんシステムバイオロジーについては、米国に12センターが設立され、また各種がんモデルの登録が進んでいます。他にも、心臓病、糖尿病、感染症、免疫などでもシステムバイオロジーのプロジェクトが進展しており、DOE傘下のエネルギー・環境分野では、微生物・植物のシステムバイオロジーが進んでいます。今後、集団解析が取り上げられて行くでしょう。

2)細胞のシステムバイオロジーが広がりつつあります。
 Cell誌が、2011年3月号にシステムバイオロジー特集号を出し、その主論文に “Systems Biology; Evolving into the Main Stream” という記事を載せたことの今後への影響は大きいと思われます。細胞内メカニズム、細胞間メカニズムの解明にシステムバイオロジーが大きく期待されています。

3)生命体マルチスケールモデリングの進展が期待されます。
 2012年12月3-5日に東京で行われた「バイオスーパーコンピュータ-シンポジウム;生命体統合シミュレータ開発プロジェクト報告会」で、NIH のプログラムディレクター Dr.G.Peng が米国では9省 (NIH,NSF,DOEほか) が協調して約100種類のモデル化が進められていることを示しました。日米ともに複雑な生命シミュレーションにスパコンが活用されている状況です。心臓・血流、肺、腸など各種生理モデルの進展が期待されます。

 以上を総合して、ライフサイエンス分野でも「ビッグデータ」と「スパコン」が大きな身近な課題になってきているとの実感です。

 ライフサイエンスデータの多様化と急増(次世代シーケンサー、イメージ情報等)により、バイオインフォマティクスの重要性はますます高まって来るでしょう。複雑な生命システムのメカニズム解明に当たって、モデル化・シミュレーション技術の重要性がますます高まって来るでしょう。

 昨年も書きましたが、我々日本人にとって一昨年の東日本大震災と原発事故のことは、心に深く残っていることです。色々なことを考えさせられました。

 人間の弱さと強さ、自然の恩恵と脅威、科学の貢献と限界、皆様それぞれにお考えのことと存じます。その上で、自分のこと・今のことだけでなく、次の世代・更にその先の世代のために、そして世界のためにどのように対処していくべきか、日々考えさせられます。

 この新しい年が皆様にとって明るいものでありますようにお祈りいたします。