皆様こんにちは。水曜日のコラムを担当する日経バイオテク編集長の橋本宗明です。

 先週木曜日に厚生労働省は、阪大微生物病研究会から、「新型インフルエンザワクチン開発・生産体制整備臨時特例交付金」による細胞培養法ワクチン実生産施設整備等推進事業(阪大微研の割当生産量:2500万人分)について、事業の目的が達成できないため、交付を受けた助成金を全額返還の上、開発を中止する旨の申し出があったと発表しました。

厚労省の細胞培養法インフルワクチン事業から阪大微研が撤退、厚労省は240億円で事業者を再公募へ
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20121123/164622/

 それ以前から、阪大微研のワクチン開発は順調には進んでいないと伝えられていましたが、撤退の意思表明が予想以上に早かったので、少し驚きました。

厚労省、細胞培養法ワクチンの中間評価で北里第一三共と阪大微研はB評価、臨床試験の遅延を指摘
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20120920/163322/

 このプロジェクトは、新型インフルエンザのパンデミックが発生してから半年間で全国民が接種できるだけのワクチンの製造体制を2013年度中に構築するというもので、6事業者が応募し、2011年の8月に、阪大微研と化学及血清療法研究所、北里第一三共ワクチン、武田薬品工業の4事業者が採択されたという経緯があります。ちなみに採択から漏れたのは、遺伝子組み換え型のインフルエンザワクチンを開発中のUMNファーマ(秋田市)と、世界トップのワクチンメーカーであるノバルティスファーマの2社です。奇しくも11月20日には、Novartis社がドイツで製造する細胞培養インフルエンザワクチンを米食品医薬品局(FDA)が承認しており(欧州では承認済み)、国内企業に製造させようとして開発中止に至った(4社のうちあくまでも1社が、ですが)日本とは何やら対照的なエピソードとなってしまいました。

FDA、細胞培養技術を用いて製造した季節性インフルエンザワクチンを初めて承認
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20121124/164624/

 この件に関して阪大微研が厚労大臣に提出した申し入れ書が厚労省のホームページにアップされていたのでよく読み込んでみましたが、要するに想定していた用量では十分な免疫反応が得られなかったけれど、より高用量の製剤にすると開発に時間がかかってしまうことに加えて、自己資金でその設備を拡充するとなると財政負担が大き過ぎるということのようです。ちなみに、誤解のないように付け加えておくと、阪大微研は厚労省のプロジェクトに基づいた細胞培養インフルエンザワクチンの開発は中止し、交付を受けた助成金は全額返還するということですが、「独自の負担で、別の方法による新型インフルエンザワクチンの開発は続ける」と明言しており、新型インフルエンザワクチンの開発・製造から撤退するわけではありません。

 で、こうなると「どうして阪大微研を採択したのか」という声が聞こえてきそうですが、技術開発のプロジェクトにおいては、開発がうまくいかないというリスクも当初から十分に考えられたはずです。ところが、2013年度までに臨床試験を終え、工場も整備しなければならないと、政治的に締め切りが先に決められていたので、臨床試験を行っていない段階で実生産プラントの助成先を決めざるを得ず、採択したところが開発を中止するという今回の事態を招いたのでしょう。つまり、採択を決定するのに十分なデータがない中で採択先の決定がなされたわけで、その決定プロセスの在り方が適切だったのかどうかはしっかりと検証されてしかるべきです。

 それともう1つは、この機会に本当に国民全体にワクチンを供給できるだけの製造体制を国内に整備する必要があるのかを改めて検討すべきでしょう。昨年の採択時点では、化血研と北里第一三共が4000万人分以上、武田薬品と阪大微研が2500万人分以上を生産する体制を整備することになっていて、今回厚労省は阪大微研が返納した額で、再度公募を行って事業者を採択し、2500万人分を確保する方針を示していますが、日本の人口や、接種率を考えると明らかに過剰生産体制です。いざパンデミックが発生したときにパニックが起こらないようにすることも必要ですが、パンデミックが起こらなければ必要とならない設備をいつでも稼働できるようにするにはメンテナンスなどにもそれなりのコストがかかります。その費用は一体だれが負担するのでしょうか。輸入ワクチンを確保する契約をしたり、あるいは備蓄などの方法でカバーできることはないのでしょうか。これを機会にこのプロジェクトが既定路線のままでいいのかどうかを再検討することを、厚労省には期待します。

 ちなみに、話題が出たので少し触れておくと、厚労省のプロジェクトの採択に漏れたUMNファーマですが、アステラス製薬との提携の下で遺伝子組み換え型の新型インフルエンザワクチンの開発は順調に進んでいて、現在、フェーズIIIの段階にあります。経済産業省や県から補助金を受けるなどして既に実生産工場を建設中で、2013年3月には竣工を予定しています。もちろん、最終的に承認されるかどうかはまだ分かりませんが、承認されればインフルエンザワクチンの販売では国内トップシェアのアステラスが販売してくれるわけですから、かなり手堅い事業モデルだと言えるでしょう。同社は12月11日に東証マザーズに上場を予定していますが、ワクチン製造をベースにした新しいタイプのバイオベンチャーとして注目していきたいと考えています。厚労省の再公募に手を挙げる気があるのかどうかも、改めて聞いてみたいところです(私は前述したように、厚労省の再公募の方針は見直すべきと思っていますが)。

続報、UMNファーマも東証マザーズに上場、上場日は12月11日
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20121106/164227/

 最後に、これまで何度かメールで紹介してきましたが、12月20日に今年最後の日経バイオテクプロフェッショナルセミナーを開催します。テーマは「日本発・創薬革命―オープンイノベーション時代を担う先端ベンチャー」。日経バイオテク編集部の目利きで選んだ日本の有力バイオベンチャー数社に登壇いただき、技術・ビジネスモデル等のプレゼンテーションをしていただくとともに、本当に有力なバイオベンチャーが伸びていくために、周辺環境(エコシステム)はどうあるべきか、といったことを議論したいと考えています。

 特に今回のセミナーで来場していただきたいのは、1つは製薬企業の事業開発のやライセンス関係の方です。それから、バイオベンチャー経営者やキャピタリスト、その他、バイオベンチャーの周辺でビジネスをしておられる専門家の方にも、是非ご参加いただきたいと考えています。ぜひともみんなで、バイオベンチャーのエコシステムの議論を致しましょう。

 12月20日(木)、東京・品川で開催します。詳しくは下のサイトをご覧ください。

http://nbt.nikkeibp.co.jp/bio/seminar/121220/index.html

 本日はこのあたりで失礼します。

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                    日経バイオテク編集長 橋本宗明