皆様こんにちは。水曜日のコラムを担当する日経バイオテク編集長の橋本宗明です。

 今週月曜日に、東京・秋葉原で日本PGxデータサイエンスコンソーシアムとの共催セミナー「個別化医療におけるゲノムデータベースの活用─ゲノムデータベースは創薬と医療に役立つか─」を開催しました。ご参加いただいた皆様、講師の先生方、どうもありがとうございました。

 そもそも今回のセミナーを開催した背景に1つの問題意識がありました。各地で健常者や患者などのヒトサンプルを収集したデータベース、バイオバンクの構築が進められていますが、これらが果たして医薬品の研究開発や診断薬開発、臨床医療に具体的に役立っているのか、あるいはそれを視野に入れたものになっているのかという疑問です。7月末に閣議決定した「日本再生戦略」を見ても、「個別化医療の実用化の基盤として、バイオバンクを整備すべき」ということは再三述べられていますが、具体的にどうすれば個別化医療に利用できるかは書かれていません。これではバイオバンクを構築することだけが目的となってしまい、医薬品の研究開発や診断への応用は二の次になってしまいかねません。一方で製薬企業の方と議論すると、「ゲノム情報は重要だ」という声は聞こえてくるのですが、具体的にどういう情報をどう利用したいかという話を聞く機会はあまりありません。そこで今回のセミナーを企画した次第です。

 セミナーでの議論などは、別途日経バイオテク本誌で記事にする予定ですので、ぜひともそちらをお読みいただければと思います。

 セミナーでは元理化学研究所ゲノム医学研究センター長で、スタージェン情報解析研究所の鎌谷直之所長のご講演が印象深かったのでここで少し紹介いたします。

 まず、鎌谷所長が言われたのは、世界の株式時価総額上位50の企業を見ると、製薬企業が8社入っていていずれも先進国の企業だということです。トップは米Apple社で、その他は石油会社やICT(情報通信技術)系が上位に顔を並べ、製薬企業も8社入っていて、日本企業は唯一トヨタ自動車だけ。鎌谷所長は「製造業は恐らくトヨタだけで、ICTと製薬企業はいずれも先進国の企業」と言われていました。この分析は面白そうなので、データの出所等も含めていずれ私も改めて調べて、分析をしてみたいと思います。いずれにせよ、製造業は規格化された物を作っていればいいので模倣ができるけど、ICTや製薬企業は不確実なものを統計で理解していこうとするのでそう簡単には模倣できず、先進国の企業が優位を保てているということかもしれません。

 それから創薬に関して、90年代に大きなパラダイムシフトがあったけど、それに対応できなかったので日本は創薬で遅れてしまった、というのが鎌谷所長の2つめの指摘です。どういうことかというと、90年代に入ってICHだとか、GCPといった制度が整っていく中で、薬はいいことばかりではないということが認識され、エビデンスドベースドメディシンと言われて臨床データが重視されるようになってきた。ところが、日本は疫学の考えが不足している。ものづくりは確実だけど、生物は不確実で多様である。不確実で多様なものを理解するには確率と統計が重要で、欧米の製薬企業は統計家がたくさんいるけど、日本の製薬企業はものづくりの延長で薬を作ろうとしているから、創薬で遅れてしまった、というような論旨だったと思います。

 確かに、かつての創薬は化学者が化合物を合成して、動物に投与してよさそうなものを選んでというのを繰り返して化合物を磨き上げていい薬を作っていました。そして、スクリーニングで使われる動物自体も遺伝的に単一のものだったりしました。そうやって作った薬が臨床試験という限られた人に対して、限られた条件で投与され、たまたま問題なく効果が認められれば承認されて世の中に出ていくわけですが、そこで多様な遺伝的背景や多様な環境的背景の人に使われて、全く効果がなかったり、副作用が生じたりといった事態が生じます。そこで、最近は育薬とか、レギュラトリーサイエンスと言って、市販後の安全性の管理をきっちりしようとか、市販後に別の適応を見いだしていこうと言われるようになっています。そこにゲノムとか、その他のバイオマーカーを用いて多様性を理解していこうというのが個別化医療であり、多様性と不確実性を理解するために統計学が不可欠ということだと私は解釈しました。

 いずれにせよ、創薬において実際に人を対象にした臨床データが重要なのは確かで、膨大な臨床データをきちんと解析して化合物の価値を評価していくためには統計学が重要だというのもその通りだと思います。創薬のパラダイムが、化合物のものづくりから統計解析の方にシフトしたという指摘は恐らく正しいでしょう。ただ、そうはいっても新薬を作り出すには化合物をデザインすることが不可欠なわけです。欧米大手製薬が統計解析にリソースをシフトしているのであれば、ベンチャーや中堅企業はむしろものづくりに注力するという戦略だってあるかもしれません。いずれにしても、大規模なゲノムデータベースやバイオバンクが構築され、個別化医療が推進される中で、創薬には大きなパラダイムシフトが起ころうとしており、その中で今はまだ顕在化していないさまざまなビジネスチャンスが創薬やバイオの分野で生み出されようとしているのではないかと感じています。多様な情報を1つのプラットフォームで共有しようとした際にITの世界で起こったのと同じようなことが、医療の世界でも起こるのではないかと考えています。

 最後に12月20日に東京・品川で開催する日経バイオテクプロフェッショナルセミナーの宣伝です。今度のテーマは「日本発・創薬革命セミナー」です。日本はバイオベンチャーも育っていないと言われますが、決してそんなことはありません。オープンイノベーションの担い手となるべき新しいベンチャー企業が着実に育っているというのが我々の認識です。今回のセミナーでは、日経バイオテク編集部の目利きで選んだ有力バイオベンチャー数社に登壇いただき、技術・ビジネスモデル等のプレゼンテーションをしていただくとともに、本当に有力なバイオベンチャーが伸びていくために、周辺環境(エコシステム)はどうあるべきか、といったことを議論したいと考えています。ユニークな技術、戦略のベンチャーをご紹介しますので、皆様どうぞふるってご参加ください。

https://bio.nikkeibp.co.jp/article/information/20121030/164028/

 本日はこのあたりで失礼します。

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