Wmの憂鬱、日本の基礎研究の国際評価はうなぎ登りだが実用化には問題有り【日経バイオテクONLINE Vol.1800】

(2012.10.22 19:00)

 週末は京都で血液学会の取材を終え、現在は国際システム生物学会の取材のため、朝一便で山形県鶴岡市に向かっております。東京の朝日はまことに美しかった、らしい。しかし、「これが最後の客」と目の下に隈を作るお迎えの運転手さんと、まだ朝ぼらけの私の目にはただただ夕陽のごとく映るのみ。好奇心に駆られて東奔西走していることは贅沢であることは十分承知の上でのため息です。案の定、鶴岡便の本日の座席は3K。全日空は事情に通じています。苦笑。ですが、なかなか粋なサービスでした。眼下には日本の穏やかな山々が薄い墨染めの雲を纏って、まるで日本画のよう。空を飛び、地を走ると日本の美しさに出会います。これがまた、油のような疲労を溶かしていきます。

 さて、バイオです。真のトランスレーショナル・リサーチとは何か?

 iPS細胞のノーベル賞受賞でも明白になりつつありますが、わが国の基礎研究の国際評価はうなぎ登りです。しかし、実用化の観点で見ると、現在、43製品も商品化している抗体医薬では、国産抗体医薬は「アクテムラ」と「ポテリジオ」の2製品しかなく、あれだけ日本の製薬企業が自慢する化学合成技術にしても、2000年以降抗がん剤では分子標的薬の商品化に成功していません。確かに、日本のTRには問題があることは歴然です。投資された国税が大学というブラックホールに吸い込まれているのです。それでネズミを対象とした基礎研究で論文を書いても、国民は喜ばない。しかも、オミックスの解析がここまで進んだ現在、ネズミはネズミ、ヒトはヒトであり、ネズミで得られた研究成果をヒトに外挿できると仮定できるロマンティックな時代は過ぎてしまいました。科学的にも、特に応用生物学である医学研究において、もはやネズミだけの研究は何の価値もありません。基礎であるということで、膨大な医学研究費を浪費することはもはや許されません。ヒトの生物学の時代です。

 しかし、こうした基礎研究のヒト化だけで、先端バイオ研究の成果を患者や社会に還元できると考えるのは単純です。既にその認識は深く、そのため基礎研究から臨床研究を橋渡しする臨床試験の拠点整備事業や、規制当局との早期の情報交換を可能とした薬事戦略相談などの事業が展開されています。こうした努力は確かに、ボディブローのように社会を変え、今年わが国では塩野義製薬が医師主導治験の成果を基に、組み換えレプチンを脂肪萎縮症という難病の治療薬として発売するなどの成果が上がっています。また、医療機器でも岡山大学発のベンチャー企業、日本ステントテクノロジーがFirst in Humanの薬剤溶出ステントの臨床試験をわが国で開始するまでになりました。

 だが、トランスレーショナル・リサーチはここまで、つまり商業化までで良いと考えるのは早計です。実は先端バイオ研究の成果を活用して、患者さんや社会を幸福にするには保守的なわが国の医療システムの変革が要求されます。特に、これだけ技術革新のスピードが上がってしまった現在、通常の学会や医薬企業のMR訪問などの伝統的情報共有システムでは、最新技術情報を共有することが日々困難になっているためです。実際、こうしたわが国の医療システムの欠陥によって、わが国は最新の標準治療が浸透せず、各医療機関、そして地方毎に医療の放埒な多様性が拡大することになります。これではいくら、技術突破が起こっても、わが国の医療を変えることは望めません。ここには情報のブラックホールが存在しているのです。

 学会毎の治療ガイドラインの作成こそが、こうした医療の混乱に一定の方向を与えるものです。紅葉もまだなのに、週末に京都に伺ったのは、日本血液学会が血液腫瘍の治療ガイドライン案を発表したためです。がんの治療ガイドライン作成では、乳がん学会が先行しており、クラウドベースのドキュメント交換などを駆使して、普通の学会であればせいぜい4年に一度のガイドラインの改訂を2年に一度、これでも新薬の開発のスピードに追いついていかないので、新薬に関しては1年で情報を改訂しています。

 先端研究、臨床研究、レギュラトリーサイエンスに加えて、その技術突破を利用するプロフェッショナル集団(例えば医師や看護士)とイノベーションの最終享受者(例えば患者やその家族)とベネフィットやリスクの情報や実際の作業や法的取り扱いの変更を迫る情報など、技術突破が社会に影響を与えることを利害関係者にもれなく、そして遅滞なく共有するメディアやコミュニケーションシステムの開発が不可欠になるのです。

 多様な疾患によって構成される血液がんのガイドライン作成の悪戦苦闘を知り、ト
ランスレーショナル研究の重要な部品が、わが国ではまだまだ認識されておらず、政
府の体系的な支援も受けていないことを痛感いたしました。

 画竜点睛を欠くことなきように、トランスレーショナル研究の最後の環にも、ご関心をいただきたい。私たちメディアの責任も重いということです。現在、コンセンサスエンジンというコンセンサス形成システムを開発しています。これは標準治療を普及させる武器として開発している新しいメディアです。情報は少ないほど役に立つ、今までのマスメディアとは真反対のコンセプトで開発中です。どうぞご注目願います。
https://bioce.nikkeibp.co.jp/breastcancer/
https://bioce.nikkeibp.co.jp/consensusengine/

 今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満
ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/

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