現在、海に浮かぶ桜島を見ながらこのメールを書いています。到着してから1回だけ、噴煙が上がりましたが、温和しいものです。滞在中も是非、怒らぬように願います。風向きの関係で夏は市内に火山灰が降り注ぎます。タクシーの運転手さんに教えていただきましたが、ここ数年、鹿児島市とは反対側にはる昭和21年の爆発で出来た昭和火口が噴火しているようで、溶岩が流れる様子は残念ながら夜眺めることはできません。「夜は赤い溶岩が山から流れ出して、それはそれは綺麗だった」という景色は今晩楽しめませんが、火山というだけで身の縮む私としては運転手さんの嬉しそうな顔がどうも納得できない。慣れとは怖いものです。

 個の医療でも慣れは禁物です。

 究極の個の医療ともなるiPS細胞研究開発で、極めて重要な意味を持つのは全能性を示す未分化マーカーです。通常、胚性幹細胞(ES細胞)やiPS細胞の細胞表面の未分化マーカーとして使用されるのはいずれも糖鎖抗原であるSSEA-1/5、SSEA-3、SSEA-4、TRA-1-60、TRA-1-81、GloboHなどです。O結合型糖鎖であるTRA-1以外は、グリコシルスフィンゴリピッドの糖鎖であります。世界中の研究者が、生化学的手法で特異性が高い未分化マーカーを探索中。しかし、これがなかなか進まず、既存の6種の糖鎖マーカーでもうほぼ出尽くしたといった研究の沈滞というか、これでもう良いという慣れ合い状態になっていました。しかし、これらの未分化マーカーをいくらみ合わせても、必ずしもスパッと未分化な全能性を保持したiPS細胞を定義することは容易ではありません。

 こうした研究の慣れというか、行き詰まりを破る研究が昨日(2012年9月18日)、鹿児島市で開催中の日本糖質学会で、北海道大学先端生命科学研究院次世代ポストゲノム研究センター複合糖質機能化学グループの藤谷直樹特任助教によって発表されました。理化学研究所のバイオリソースセンターと九州大学大学院との共同研究です。

 藤谷助教らのグループは、ヒトの18種類の細胞(正常細胞、がん細胞、iPS細胞、ES細胞)の細胞表面糖鎖を網羅的に悉皆解析、糖鎖の種類と出現頻度をクラスター解析したところ、ES細胞とiPS細胞など全能性を保持している幹細胞に共通な未分化細胞の糖鎖マーカーを17種類も発見することに成功したのです。現在使用されている未分化細胞の糖鎖マーカーはこの17種類に全部含まれており、なんと最も未分化性を示したマーカーはTRA-1でありました。この結果は、新たな未分化マーカーの探索研究にピリオドを打つばかりでなく、藤谷助教らが確立した糖鎖の悉皆解析(グライコーム)の手法の有用性をも証明したのです。

 20万細胞あれば、藤谷助教らのグループは1週間で細胞が持つ糖鎖の悉皆解析(定量)ができると言います。実際の作業は、N-結合糖鎖、O-結合糖鎖、スフィンゴ糖脂質由来糖鎖、グルコサミノグリカン(プロテオグリカン由来)、細胞内遊離糖鎖の5種に分けて解析します。基本的には糖鎖の還元末端を残して細胞から糖鎖を分離し、糖鎖の還元末端を認識して化学的プラスチックビーズの表面に補足して高度に精製する(グライコブロッティング)。その後、質量分析(MALDI)と親水性液体クロマトグラフィーによって定量解析するものです。O-結合糖鎖だけはピラゾロン誘導体共存下で化学的に糖鎖だけを切り出します。残りの糖鎖は適宜特異性のある酵素によって糖鎖を切り出します。遊離糖鎖は切り出す必要はありませんが、定量の邪魔をするので、予め分離しておきます。

 現在のところ、MALDIを使っているため、イオン化しにくい硫酸化糖鎖が測定できない限界はありますが、これも質量分析の装置を代えれば計測可能でしょう。いよいよ細胞の分化や機能のマーカーとして期待されていた糖鎖に関しても、悉皆解析が可能となったのです。

 個の医療でも今後、がん細胞の糖鎖解析は重要となります。さしあたり、前立腺がんの性能の悪いバイオマーカーであるPSA(前立腺肥大と区別不能です)の糖鎖分析に、私は注目しております。前立腺肥大と前立腺がんを区別する糖鎖マーカーが、私が前立腺肥大となる前に、是非とも皆さん発見していただきたいと願っております。

 最後に10月10日から12日まで開催されるBioJapan2012でも、iPS細胞と個の医療に関連するセミナーが予定されています。このほか、最新のバイオの研究開発と規制動向、企業の動きなどを把握するのに好適なセミナーが目白押しです。既に満員締め切りのセミナーの散見されます。是非とも、下記のリンクよりお早めにお申し込み願います。全部のセミナーが無料です。ご安心願います。但し、参加者も増加しておりますので、絶対見るものだけ、お申し込み願います。
http://www.ics-expo.jp/biojapan/seminar_schedule.html

 今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/