今月も日経バイオテクONLINEの Webmasterの宮田が執筆させていただきます。著者の選定に今尚難渋しております。

 現在、台風の影響かやけに涼しい鹿児島に滞在しております。天気予報では30°Cを超えそうにありません。厳しい東京の残暑を避けるために南に向かうというのも妙な気分です。鹿児島市民会館で開催されている日本糖質学会とCEの打ち合わせが今回の旅の目的です。桜島の噴火で一度、天文館で灰だらけになったことがあり、くれぐれも穏やかに願いたいと祈っております。

 さてプロテオミックスです。

 とうとうヒトたんぱく質の全定量プロテオミックスが可能となりました。0.1mlも血清があれば十分血清中の全たんぱく質を定量可能になったのです。まさにこれは生命の実体であるたんぱく質研究に革命を起こす成果です。これと既に網羅的な定量解析が可能となっているメタボロームを組み合わせれば、ヒトの代謝反応を完全に数式で置き換えたシミュレーションモデルを作成できる可能性があります。いよいよシステム生物学の閉ざされた扉が開こうとしています。ギィギーッという音さえ聞こえてくる錯覚に陥るほどです。

 先週の金曜日、11年も続けているバイオテクノロジーのライセンスと投資関係者の教育プログラム、「バイオファイナンスギルド」の完全クローズドセミナーで九州大学生体防御研究所の中山敬一教授の講演を聴きました。ここで前述の幻聴を聞いた訳です。山中教授はたんぱく質を分解したペプチドをHPLCで分離、質量分析のMRM(Multiple Reaction Monitoring)という手法で、超高感度高速解析を可能としています。

 ここまでは、標準的なヒトたんぱく質の定量法ですが、日本の独自技術を3つ組み合わせて、ヒトたんぱく質の全定量解析を可能とする技術突破を実現いたしました。第一は産業技術総合研究所が大切に開発してきたヒトの全長cDNAライブラリーです。これはヒトの全たんぱく質をほぼカバーしており、第二の技術である愛媛大学が開発した小麦胚芽の無細胞たんぱく質合成技術によって、ヒトの全たんぱく質を合成したのです。このヒトたんぱく質をMRM法によって測定、たんぱく質を定量するために必要なレファレンスペプチドを決定、データベースを作成します。このデータベースの質量数に基づいて、MRM法で測定するレンジを決定、HPLCによる溶出時間に合わせて、自動的に最適な電位を選択し、高速にしかも高感度に質量分析することを可能にしました。そしてとどめの国産技術は、産業技術総合研究所の夏目先生と安川電機が開発したヒト型実験支援ロボットの投入です。これによって10万以上のヒトプロテオーム解析も文句を一言も言わずに、愚直に、着実に遂行することができました。

 既に、がんの代謝系の全プロテオーム定量分析を行っています。代謝系の律速の分子的なメカニズムを明らかにしたようです。現在、慶応義塾先端生命科学研究所の曽我教授とも共同研究を行っており、ワールブルグ効果として古くから知られているがんの解糖系に偏った代謝の謎も、完全にシミュレーションによって解読される日も近いと確信しています。酵素の分子数、代謝産物の種類と分子数、そして酵素の反応速度が分かれば(ここは局在を無視するとして)、ミカエリスメンテンの式で、がんの代謝系を再構築することは可能でしょう。律速酵素を標的とした抗がん剤の開発も可能となります。

 ほんの先の将来には、薬剤の代謝系のシミュレーションと組み合わせれば、まず臨床試験を更に踏み込んで個の医療化できます。より安全に、より小集団で薬効と副作用を評価できると期待しています。最終的には、実際の診療室でも私や皆さんのシミュレータが用意されて、個の医療がずんずん進むことになるかも知れません。

 まだ、論文として発表されておりませんが、この技術で共同研究したい読者は是非とも中山教授に連絡を取っていただきたいと思います。相当な論文と特許が申請できることに、太鼓判を押します。どうぞご検討願います。

 今月もどうぞお元気で。

        日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満