先週の土曜日の乳がんのシンポジウムに会場いっぱいの聴衆にお越しいただきました。大変ありがとうございました。バイオマーカー、シミュレーション、医療経済、この3つのキーワードが今後の先端医療の行方を左右すると私は思っており、数学嫌いを押して、今回のシンポジウムでお話をさせていただきました。1970年代後半から勃興したバイオ革命は、数学の助けを借り、更に飛躍しようとしています。新薬・診断の殻を破り、診断支援サービスやセルフケア支援サービスなど、新しい姿の産業をも生み出す胎動を感じていただけたと思っております。
 
 週末は箱根で開催された医療セクター会議にも参加しました。毎年、米国のロビーストが日本の医療をテーマに開催しているクローズドの会議ですが、医師、病院経営者、保険者、厚労省、経産省などのキーマンが参加するため、大変勉強になる会議です。今年はいつも大声で存在感を示す政治家達がまったく欠席していたことが印象的でした。自分の首の問題に汲々している証拠だと思っています。選挙の帰趨を決める消費税問題の根っこである医療と年金問題を議論する貴重な機会を失ったことに気付かない。目前の火の粉を振り払うことだけに右往左往している姿を見ると、次の選挙でも大きな政府か、小さな政府か、対立軸を明確にした政界再編成はとてもじゃないが、実現しない。3回ほど総選挙が必要だと仮定すると、最低5年は政府の中枢が混迷を繰り返すとんでもない時代だということです。まずは民間、そして個人が頑張らないと日本は危ういと考えます。中国の民衆のように政府という幻想を(一旦は)捨て去る時かも知れません。

 その意味で、国立競技場に3万人弱の観客を集めたU20ヤングなでしこの奮闘には励まされます。個の強さを追求し、結果的に世界第3位のチームを作り上げた吉田監督の育成方針は、何かというと組織に頼ったり、組織のせいにする戦後のひ弱な日本人に対する強烈な反撃だったと思います。表彰式の際、金メダルがよかったと号泣したMFの楢本光の涙に歪んだ顔こそ、心にとめなくてはなりません。この精神こそ、さすが次世代の日本を担う博多ごりょんさんです。女子サッカーのワールドカップ準優勝で一人不機嫌を隠さなかった岩渕真奈の涙にも、その魂が籠もっております。戦後の復興と人口ボーナスの僥倖に支えられただけで成長した日本の社会の化けの皮がはがれた今、政府が駄目だ、会社が駄目だといっている暇はありません。一人でも国際社会で競争力を持つ個人の登場こそが、この停滞を打ち破るはずです。そのためには、若者達や老人達をどんどん国際社会、あるいは心地よい組織の外に放りだし、もう一度、個人の力を試す機会を与えるべきだと思います。悔し涙からしか、次の成長は期待できないのです。

 医療セクター会議の今回のテーマは、わが国の国民皆保険制度50周年でした。本日から厚労省の年金局長となった香取さんの講演では、誰もが医療制度は資金不足でいつ破綻しても不思議ではない状況と指摘、今後の保険医療改革では地域単位の医療サービスの提供で対応するのが鍵と結論していました。極めて簡単に言うと、今までのいつ、どこでも、だれでも医療が受けられるわが国の皆保険制度のフリーアクセスの権利を制限せざるを得ない。今までのように町や村に総合病院があってそこで全ての医療を提供することはもはや医療資源の制約、高齢化による需要増大、生活習慣病による急性期医療から慢性期医療そして予防への展開、さらには先端医療の急激な進展が合わさり、50年前に制度設計した国民皆保険制度を修正せざるを得ないという結論です。

 すごく面白かったのは、香取さんの現状認識と改革方針に関して、大部分の出席者が「僕の考えとまったく同じ」といった趣旨の発言があったことです。しかし、これはわが国の社会の病理を示しています。優秀な官僚が整理した問題点と対策は、ほとんど6年前から医療セクター会議で議論されつくしたものです。誰もが分かっている当たり前の事。問題はもはや何故、それを放置して改革を進めていないのか?にあります。香取局長は内閣官房で、消費税増税を導いた社会保障と税の一体改革の担当者、消費税という新たな財源を、医療と年金、それに自民党と民主党の野合により国土強靱化、つまりコンクリートに用意するための舞台回しの張本人です。人口減少で所得税増大が望めない中、消費税という恒久財源の増大に貢献した本人です。お金も計画もそろったのだから、これを実行するプランを提示しなくてはなりません。

 しかし、これを官僚に要求することは無理かもしれません。要するに医師、患者、住民、自治体、国、健康保険者・企業、製薬企業・医療機器・医療材料企業、病院経営者、医師会など、目的は患者の救済なのに、まったく立場を異にするプレイヤーの合意形成が必要なのですが、これは事務方には難しい。国民/住民の医療から期待する恩恵と負担に対するコンセンサスを形成し、それを膝行する責任を負うのは政治であるからです。今後、ネコの目のように政権が交代することを考えると、政権を超えた社会保障の国民会議というアイデアは悪くありませんが、情けないことにそのメンバーすら現政権はまだ決められない。早急にメンバーを決め、総選挙の時に最高裁判所の裁判官の信任投票のようなことを行う必要があるでしょう。

 実は本日ですが、わが国の高額医療費の新記録の発表があります。月間の医療費がなんと1億4000万円の患者がわが国でも出現しました。血友病の患者で遺伝子組換えで製造した血液凝固因子で治療されています。本来、困ったときの杖である健康保険の趣旨から、私はこうした支払いが出来たわが国を誇りに思います。しかし、同じ医療費の患者が2万人でると、わが国の医療費37兆円では不足し、残りの1億2000万人の医療を供給することが出来なくなることも現実です。財務省の宣伝をそのまま信じることもできませんが、現実として医療に提供できる資源に限りがある以上、そして国民の医療へのアクセスを保証するために、どうやって医療を提供するかを国民と合意する必要があると思います。

 今回の議論で強く思ったのは、まず不老不死を目指す医療を国民は望んではいけないことです。とにかく延命するためだけに最先端の医療を提供することは誤りであると確信いたしました。生存欲求は人間の強欲の最大のものでありますが、残念ながらこうした放埒な欲望は、神ならずとも、地球の資源制約そして、日本という社会で皆と楽しく生きていこうと考えると、許されないものであると考えます。病院の現場では最高の医療を、患者の家族も遠い親戚も、そして医事粉争を恐れる医療関係者も提供すべく、医療費を増大させ続けていますが、これは正しいことではありません。むしろ、医療の目的をこうした後ろ向きの言い訳医療に歪めず、患者や家族の安心と希望を与えるものと設定して、医療供給に対して患者が選択できる環境を作るべきだと感じました。そのために、国民皆保険制度以来51年も国民が目を背けてきた、自分や愛する家族の死という問題を直視する覚悟と、それを支える教育や支援が必要となるでしょう。老年医学会が高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドラインを2012年6月27日に発表してことは、安心と希望を持って死ぬための環境整備の大きな一歩であると思います。皆さんも是非、死ぬ前にご一読願いたい。
http://www.jpn-geriat-soc.or.jp/guideline/jgs_ahn_gl_2012.pdf

 とにかく医療関係者も家族も、そして多分患者もとことんまで努力して自己満足と言い訳を得るわが国の終末期医療では、いくら医療費を用意しても不足することは明白です。問題の根を絶つ努力を怠り、消費増税や保険点数の調整でごまかすことは到底できないのです。財源論だけの医療制度改革の空しさを知らなくてはなりません。

 もう一つ今回の医療セクター会議で良い指摘がありました。わが国の自由開業制度と社会資本としての医療制度の矛盾です。ある都内の大手病院長いわく「病院を社会資本というなら、類似しているのは国民の安心を担う消防署である。しかし、民間病院は患者が来なくなっては経営はなりたたない。火事を消す消防署が火事を期待している矛盾がある」。これもわが国の医療問題の根っこであると思います。医療過疎の問題や都市部でも小児科や産婦人科の減少など、医療資源の分配を民間のもっと露骨に言うと、代々世襲する民間病院や診療所に託しても問題は解決できません。診療報酬点数による誘導にも限界があります。しかも医療費の財源の30%以上は税負担、残りの健康保険も収入の45%は厚労省が吸い上げ、医療費に補填しています。つまり、わが国の医療は事実上、資金は国営化されているのに、医療提供を民間が行うという歪な構造にあるのです。税にすれば、会員の健康に本質的な貢献も果たしていない健康保険組合や国民健康保険などを整理することも可能でしょう。そろそろ医療の全国営化も含め、抜本的な改革を議論する時がきたと痛感いたしました。

 現在、蒲郡に向かう車中でこのメールを書いております。本当に残暑厳しき折り、今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満
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