現在、すっかり修復された仙台空港から博多に向かう飛行機の上におります。夏の終わり。日本列島上にぼこぼこと背伸びする入道雲をかいくぐる飛行はなかなかスリリングです。さすがの残暑も朝晩は急速に熱を失いつつあります。心なしか、東北の蝉の音も悲しさの色を増していました。日本は秋色に染まり始めたのです。津波の被害地に背を向ける格好で離陸したのですが、眼下には撓わに稔る黄金色の絨毯が敷き詰められています。東北大学病院の1号館の修復もやっとですが、始まりました。壁には不気味な灰色のコーキングがひび割れに沿って塗られています。ひょっとしてこの上に板でも渡して修理完了にするのか?心配になりましたが。ともあれ、復興の歩みも決して早くはないが、動き出したようです。中央政界の混乱がこの動きの脚を決して引っ張ってはいけないと考えています。

 さて個の医療です

 福島県でも、放射線影響のコホートスタディで一部の対象者でしょうが、遺伝子の解析を行うと細野環境大臣が9月1日に明言したと報道されています。被害を受けて不安を抱える住民の方に、ゲノム解析がどれだけの福音をもたらすか、現時点では約束しかねる面もありますが、将来の安全性確保のためにこうした研究は不可欠であると思います。こうした研究の積み重ねから、いち早く被災者の健康被害の予防につながる知恵を生まなくてはなりません。この研究は基礎研究で止めてはなりません。論文だけではなく、被害者の安全をなんとか目指すことが肝要です。

 宮城県と岩手県で展開されるメディカル・メガバンクプロジェクトを加え、東日本大震災・津波の被災地で、大規模な前向きのバイオバンクとコホートスタディも動きだしつつあります。厚労省の6つのナショナルセンター(高度医療研究機関)が、ナショナルセンター・バイオバンク・ネットワークを結成、先週ホームページを公開しました。理化学研究所が展開しているバイオバンクジャパン、愛知県がんセンターが中核となっているがんのバイオバンクも加えると、わが国は世界に冠たるバイオバンクとそれを基盤にもつゲノムコホート研究を展開し得る潜在力を持つことになります。加えて2012年4月から山形県鶴岡市と慶応義塾大学先端生命科学研究所が共同で開始した、メタボロームコホート研究はすでに4000人もの市民の賛同を得て、血液や尿のメタボロームプロファイルの解析に着手しています。きっと私も知らないユニークなバイオバンクを持つ、コホート研究がわが国には多数存在していると推定しています。

 但し、重要なのはこうしたバイオバンクやゲノムコホート研究を決してばらばらに孤立させてはならないということです。試料採取や保存法、解析法、そして医療情報の標準化を進めて、相互に利用可能、解釈可能にすることを急がなくてはなりません。日本の科学研究の病に”家元制度”がありますが、バイオバンクやゲノムコホート研究を家元制度の下で、ばらばらに、自己満足だけで展開することは、当然許され得ないのです。理由は2つ。ほとんどの研究は国税を投入されているため、バイオバンクは研究者の私物ではないこと。さらには、バイオバンクは提供に同意した患者や健常人の善意と篤志の塊であり、これを私することは到底許されないのです。まずは、研究者一人一人がバイオバンクは国民共有の財産であることを誓っていただきたい。そしていち早く研究成果を挙げ国民の健康と安全に貢献するため、最低限国内の研究者と試料やデータを共有する仕組みを作らなくてならないと考えます。今までのように、研究者が退官すると試料もデータも雲散霧消する悪弊は改めなくてはなりません。これは研究者の倫理にも反するものだと思います。

 もう一つの理由は、中途半間なサイズのバイオバンクやゲノムコホート研究から統計学的に有意さをもった結果が導きがたいことです。特に、疾患遺伝子や健康遺伝子を探索する研究は数で勝負するか?家系など遺伝学的特徴で勝負するか?しか必勝手はないのです。加えて、多数の正常人のコントロールも疾患遺伝子の探索のためには不可欠です。わが国のバイオバンクやゲノムコホート研究の標準化やデータベースの互換性は、火急の課題となっています。まずは、患者や健常人のボランティアの志を活かし、社会に意味ある研究成果を還元するためにも、大規模バイオバンクの研究者が対等な立場で良く話し合うことです。総合科学技術会議の前議員のように、ゲノムコホートを利権化するかのごとき動きは戒めるべきことです。優れた研究者だったので多分に誤解を含むと解釈していますが、総合科学技術会議はすべからく総合調整機関として機能すべきで自らが研究のエンジンとなるのは、筋違い。まとまるものもまとまりません。また、わが国の政治と官僚機構に失望し、海外に転出した研究者も是非とも海外でわが国で実現し得なかった理想のバイオバンクを実現していただきたい。それでこそ初めて、私たちの蒙を啓くことができると思います。

 バイオバンクは継続が命。泥を被っても、石にかじりついてでも、わが国で国民や地域住民の支持を末永く獲得する粘り強さを持った研究者こそが、まとめ役にならなくては実現することはできないのです。

 欧米ではバイオバンキングの標準化も始まりました。これを黒船に使いたくはないのですが、世界の動向を無視する訳には参りません。11月26日午後、東京品川で、わが国の主要メガバイオバンク関係者と欧米のバイオバンキングの標準化の研究者を招き、近い将来のバイオ・先端医学研究のインフラとなるバイオバンク・ゲノムコホート研究のシンポジウムを計画しています。とにかく、同じ土俵に乗り、皆でまず話すことです。皆さん、時間確保願います。詳細が決まり次第、このメールでもお知らせいたします。

 驚いたことにわが国のバイオバンクは各省庁で、様々な部局が担当しており、研究者と政府関係者全員を呼んでパネルディスカッションをしようとすると、ステージにあふれ、パネリストがこぼれ落ちる懸念すらあります。わが国の科学研究の病、”家元制度”の源流をここに見ます。こんな体たらくではわが国のバイオバンクは必敗の構図です。何とか政府部内で調整して欲しい。のですが、そこで調整役として顔を出すのが内閣官房の医療イノベーション推進室と総合科学技術会議の2つ。ゲノムコホートやバイオバンクを巡って、調整役同士が鞘当てをしているようでは、未来はない。基礎研究と臨床研究という実際には分離できないシームレスな科学研究を恣意的に分断せず、プロジェクト毎にどちらが決定するか?国民に分かるように明示していただきたいと、心の底から望みます。

 今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

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