現在、衛星テレビでは全米オープンテニス選手権のナイトセッションが流れています。ベスト8が出そろい、これから熾烈な争いに拍車が掛かります。今もコートで美しいシャラポアが吠えています。美と強さのバランスは誠に難しいものです。今回は私が大ファンであるセルビアのイワノビッチが、身体を絞りに絞り、やや老化したような感じすら与えるほどフィットネスを進めた結果、快進撃を続けています。決勝まで体力が持てば、面白い試合となりそうです。フィットネスを過剰に進めると免疫力などが落ちることは、オリンピックなどのトッププレイヤーでは常識です。ここでもフィットネスと体力のバランスが誠に難しいのです。

 さて、バイオです。AIDS治療やがん治療で薬物の併用療法が急進展していますが、ここでも併用のベストバランスの重要性が際立ってきました。投薬量、患者のアドヒアレンス(どれだけきちっと服薬するか)、そして各薬剤による耐性の出現頻度、この3つのパラメータによって変化する治療効果と薬剤耐性の出現抑止のベストバランス(加えて、最近では医療経済とも)をどうやって臨床試験で証明するのか?凡人の頭ではとても解けないほど複雑度がましてまいりました。新薬→臨床試験→発売 という幸せな、そして単純な医薬開発プロセスが急速に変化しているのです。 新薬 → 併用薬選択 → 臨床試験 → 発売という訳です。臨床試験の成否は併用薬選択にかかっているといっても過言ではない状況です。このままでは併用の罠に嵌まり込んでしまいます。

 これに直面しているのはAIDS治療。インテグラーゼの阻害剤を加えた4剤併用療法まで現れました。併用療法が有効なだけに、適切な薬剤の併用を適切に選択して臨床試験で証明することが重要となってきました。併用対象となる薬剤が増えれば増えるだけ、臨床試験すべき4剤併用を選択するこことはとても困難となります。実際には治療標的毎に薬剤数の積となるため、現在の4剤併用では100種に近い組み合わせを全部試さないと、トライアンドエラーで臨床試験を行う場合は、完全な正解にたどり着けないことになります。併用の罠にAIDS治療ははまりつつあると言えるでしょう。現在は既存の標準治療に1剤を足すという比較臨床試験で糊口を凌いでおります。企業の開発戦略としては結構かも知れませんが、それではそれが最適な4剤併用療法か?という科学的答えには遠くなるのです。では100種の併用療法を臨床試験するかというと、それは経済的に実現不能です。

 全ゲノム解読やオミックス解析によって、多数の治療標的が見えてきた抗がん剤の開発はAIDSの治療法を追っています。分子標的治療剤の2剤併用、そして化学療法も加えた3剤併用の臨床試験が多数企画されています。がんは遺伝子の病気から、がんはシグナル伝達経路の病気と認識が変化しつつあり、複数の場所で伝達経路を遮断して抗がん効果や、薬物の体制を克服しようという臨床研究は多数行われていますが、現在のところそのほとんどが失敗。予想外の毒性や予想外に効かない例が続出しています。現在のところ、HER2を標的とした2種の抗体医薬「ハーセプチン」と「Perjeta」と化学療法の3剤併用が米国で今年認められたのが、唯一の成功例と言えるかも知れません。

 最大の問題は、もはや現在の臨床試験のように愚直にトライアンドエラーを繰り返しても、よっぽど幸運でなければ、3剤や4剤併用療法の最適化は実現しないということです。経済的にもこのアプローチは実行不能です。

 こうしたバイオ医薬や分子標的薬の次のチャレンジである最適な併用療法の探索をひょっとしたら可能とするアイデアが、日本時間で本日、Nature Medicine2012年9月2日号で、米Harvard大学Martin Nowak教授らのグループによって発表されました。これは併用する各薬剤毎に患者の血中濃度、患者のアドヒアレンス、患者の薬剤耐性の出現頻度をパラメータとして、数学的に構築したシミュレーションモデルです。しかも、患者毎のそれぞれのパラメーターの多様性も考慮したモデルです。これによって、臨床試験で証明すべき併用薬剤のセットを計算によって推奨することができると主張しています。まだまだ初期的な成果で改良も必要ではありますが、まったく研究の方向は正しいと確信しています。

 もはや単純な試行錯誤の臨床試験で、私たちは最適な併用薬剤を選択できる状況にないことを悟らなくてはなりません。そろそろ臨床試験、そして近い将来、治療行為に対しても医師や医療関係者の判断を支援するシミュレーションシステムが不可欠であることをもっとリアルに認識しなくてはなりません。ふくれあがる人間の生物学に対する情報を、若い医学生の頭脳に詰め込むだけでは、もう対処できない。患者の立場から言わせていただければ、生身の患者を直視しない記憶お化けのような医師の診察を受けたくないということです。シミュレーションが医療現場に導入されれば、記憶だけでひいひいいっている医学生に、医療にもっと大切なコミュニケーションや人間性などを研鑽する時間的余裕を与えられます。また、シミュレーションは患者教育にも転用できるため、患者のセルフケアの基盤ともなるでしょう。現在、医者と数学者は東京と京都くらい?学問的に離れて存在しておりますが、わが国でも医学と数学の融合を遂行する人材を早急に育成しなくてはならないと思います。

 9月8日土曜の午後に東京品川で乳がんの臨床支援のシミュレーションモデルの発表があります。新しい医学研究の息吹に是非ともお触れ願います。
http://www.ootr-institute.org/download/doc/78.pdf

 また、いよいよ10月に開催するBioJapan2012も本格的に来場受付を開始しております。どうぞ下記より奮ってご登録願います。今なら希望するセミナーの登録には全く問題はありません。また、今年からマッチングシステムを有料化しましたが、その分、十分期待できる機能を充実させました。是非とも、バイオの実用化を実現する新たな出会いを求めて、BioJapan2012にご参加願います。詳細は下記のサイトから。
http://www.ics-expo.jp/biojapan/
 今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満
ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/