現在、青森県弘前市に滞在しております。当地も本日も34°Cの予想。北西にいっても北東にいっても、残暑から逃れえません。南日本と沖縄の読者の台風被害も懸念しています。沖縄の知り合いから丁度熟れ頃になったマンゴーが全て落果したと連絡がありました。あの絶品のマンゴーが。。。と絶句しております。単純に地球温暖化といは言いたくありませんが、気候が激しくなった気がしています。

 さて個の医療です。

 先週の末に、ライセンス・投資関係者と一緒に山形県鶴岡市の慶應義塾大学先端生命科学研究所で、遺伝子操作とメタボローム解析の実習をやってまいりました。鶴岡も例年なく暑く、蒸しておりました。が、たまにはたわわに稔る稲穂に囲まれた研究所で、先端技術に触れるのも悪くはありません。それは高く、入道雲がにょきにょき立ち上がっておりましたが、その上の青い空には、秋の雲である絹雲が姿を見せていました。

 今回の実習では、解熱鎮痛剤を飲み、6時間後に尿中の代謝産物を測定するという実験を行いました。実験自体は採尿と希釈だけで、後はキャピラリー電気泳動と質量分析器にお任せ、という簡単な物です。蓄尿するため6時間我慢するのが一番大変でした。但し、参加した14人の投与前後のサンプル、28サンプルを解析するのに、10数時間で処理できる解析速度にはびっくりしました。11年間、毎年何らかのメタボーム解析を行ってきましたが、毎年、処理速度や測定精度が向上しているのには、舌を巻きます。総計で50ライン以上のメタボローム解析装置がある先端生命研究所は、文句なく世界最大の解析能力を誇っております。こうした技術開発を拝啓に、鶴岡市と協力して市民の健康診断にメタボローム解析を導入したメタボローム・コホート研究を今年4月から開始いたしました。参加許諾率は90%に迫り、すでに4000人以上の市民がメタボローム解析に参加しております。血清や尿中のメタボローム・プロファイルが市民の健康や罹病性の推定に貢献するか?これから20年以上のフォローアップが始まります。粘り強い前向き研究によって、代謝産物のプロファイルの中から、健康指標や疾患のリスクを示す、バイオマーカーが発見できると期待しています。人間の代謝産物は精々3000種程度であり、遺伝子やmRNA、たんぱく質より一桁以上数が少ない点もバイオマーカー探索には有利であると判断しています。

 ところで実習の結果ですが、私はイブプロフェンの代謝速度が遅い、プアメタボライザーであることが明かになりました。鎮痛剤の血中濃度が高く保たれるため、鎮痛剤の効きが良いということです。一方、参加者の中には私の5倍以上、鎮痛剤を代謝し尿中に排泄してしまう方もおりました。実際、この参加者はイブプロフェンが効きにくいことを経験していました。健康な参加者14人のメタボロームを並べてみると、個人間の薬物代謝量の差は尿中の代謝産物で10倍程度の幅がありました。また、代謝産物の内容を調べて見ると、3種類ある代謝産物の割合も個人によってばらついていたのです。こうした単純な低分子化合物の薬物代謝ですらこんなに差があることを、目撃すると、つくづく医薬品の開発は難しいものであることを痛感させられます。

 治療効果の出る血中濃度で、副作用が生じる血中濃度を割り算したものをセラピューティック・ウィンドウと呼びますが、この数が大きければ大きいほど、安全性の高い薬品となります。患者の薬物代謝の個人差だけ考えても、セラピューティック・ウィンドウは最低限でも100は欲しい。受容体の多様性も考えれば、最低1000は欲しいと、高望みしてしまいます。毒性学者の常識として、どんな低分子化合物も最低体内で6種のたんぱく質などに結合することを考えると、治療標的以外に5つのたんぱく質などの結合を低下させ、治療標的の結合を特異的に強化する化合物創製技術は神業に近い。特に、オフターゲットである5種以上のたんぱく質を同定することが実質的は困難であることを考えると、今までの化学合成技術と生化学的手法による創薬技術は、アートの領域であると納得せざるを得ません。抗体医薬やオリゴ核酸医薬などは、低分子と比べると特異性を極めて高くすることが低分子と比べ可能であるので、実はバイオ医薬開発は、低分子より遙かに簡単であると白状しなくてはなりません。

 わが国の企業がアートや匠にこだわるのも結構なのですが、より簡単で患者のためにもなるバイオ医薬の開発に、もっと本気にならないと再び世界に大きく水を開けられてしまう可能性があるでしょう。実り豊かな田園の中の研究所で、憂鬱が増すばかりでした。

 皆さん、残暑はまだまだ続きます。
 今週もどうぞお元気で。くれぐれも無理は禁物。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/