現在、京都御所の近くで蝉の音を聞きながら、このメールを書いて
います。優雅に思われるでしょうが、しょうも無く暑い。35°C超の
予報です。皆さんはいかがお過ごしでしょうか?

 さて、RNAiががんゲノムプロジェクトによるがん治療標的情報過多
という混乱を解決する救世主となる可能性が出てきました。

 わが国の国立がん研究センターと理化学研究所も参加している国際
ガンゲノムプロジェクトは、現在、がんと正常細胞の全ゲノム解析の
比較から、次々とがん特異的突然変異、重複、欠失、転移、コピー数
の変化、そして融合遺伝子など、山のように報告される最も研究の
生産性の高い段階に突入してまいりました。問題は、これが多すぎる、
過剰であるということです。論文は多産されるでしょうが、本当に
こうしたがん細胞特異的な変化が、がんの増殖や悪性化など、がんの
治療につながる本質的な変化なのか?それを検証する手段を欠くために
がん標的候補情報の氾濫に目を回す状況を招いています。

 米国はさすがに、こうした情報の氾濫を予測、米Harvard Medical
SchoolのWilliam Hahn准教授をリーダーにProject Achillesを発足させ
ています。これは膨大に報告されるがん治療標的変異を迅速に評価する
手法を解析することが目的です。なぜアキレウスの名前を冠したのか?
多分迅速評価という意味でしょうが、アキレス腱ということもあります。
このプロジェクトに致命的な欠陥が秘められていないことを祈ります。

 Project AchillesはsiRNAによるハイスループットスクリーニングに
よって、がん細胞の増殖や悪性化に関与する遺伝子変異を評価する
ことを目的にしています。皆さんもご存じの通り、siRNAのアキレス腱は
腫瘍細胞にsiRNAを取り込ませるDDSの開発です。これがなしには、この
プロジェクトは行き詰まること必然です。

 2001年に米国のBurnham Instituteが発見したLyP-1がその鍵を握って
います。ファージディスプレイ法によって発見されたがん細胞特異的移行
ペプチドLyP-1(9アミノ酸の環状ペプチド)とsiRNAを混ぜて形成した
ナノ粒子は極めて効率良く(通常の1000倍)以上、乳がん細胞などに
取り込まれ、細胞内でエンドソームから放出され、遺伝子発現を効率良く
抑制するのです。2008年にはLyP-1はがん細胞やミトコンドリアの膜たん
ぱく質であるp32と特異的に結合することも分かり、特異性の保証も
得られました。これならば、少なくともノックアウトマウスなどよりも
遙かに効率良く、ガンゲノムプロジェクトが大量生産するがん治療標的
候補遺伝子・突然変異を工業的に評価できる可能性があります。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2562323/

 Project Achillesの概要は、Science Translational Medicine 2012年
8月15日号に詳細が発表されていますので是非ご覧願います。LyP-1の
ナノ粒子の良いところは、がん細胞株での評価だけでなく、がんを移植
したマウスでもこのナノ粒子を使えば、創薬標的の評価ができることです。
in vivoでの標的の評価は、真剣に抗がん剤を作ろうとする場合には避けて
通ることができません。今まではノックアウトやトランスジェニックマウス
を作成しておりましたので、1年近い時間が必要でした。アキレスと亀では
ありませんが、今回のプロジェクトでは時間のジレンマを逆に解消できる
可能性もあるでしょう。亀に追いつけるAchillesを想像しただけで、
楽しくなりますね。

 もう一歩進むと、LyP-1ナノ粒子の安全性さえ確保できれば、我々が
渇望していた医薬品レベルのsiRNAのDDSになることも期待できます。
いずれにせよLyP-1だけでなく、腫瘍や臓器特異的細胞移行を可能とする
ペプチドの開発はオリゴ核酸医薬の技術突破につながると確信しています。
熱い熱い戦いが繰り広げられることは不可避だと思います。わが国では、
東京大学とペプチドリームのグループが最短距離にあるのです。このペア
がAchillesを追い抜くことは、必ずしも真夏の夜の夢ではないでしょう。

 なお残暑が続きます。皆さん、今月もどうぞお元気で。

      日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満