こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。

 京都大学大学院薬学研究科の教授だった辻本豪三氏が7月31日に収賄の容疑で逮捕されました。直接の容疑は研究機器の納入業者から賄賂を受け取ったというものですが、辻本元教授を巡ってはこの業者に4億円近い預け金があることが分かっていました。辻本元教授は預け金の存在が発覚した後、大学を自主退職していました。

 辻本元教授はゲノム創薬分野で中心的な研究者とみられていました。本誌でも何度か辻本元教授の研究成果などを記事にしています。

メキシコとのライフサイエンス共同研究、JSTが最大9件を公募へ
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/8452/

Merck社、理研などの研究者、創薬に使うコンピューターの新しい利用法を議論
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2006/5420/

京大、東レ、DNAチップで淡明腎細胞がんの予後に関連する遺伝子群の同定に成功
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2003/5942/

◆国家プロジェクト◆JBIC、Non-coding RNAプロジェクトで22組織が提案発表
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2002/5508/

◆企業戦略◆味の素、質量分析技術を独自改良、プロテオーム研究を本格化
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2002/3655/

文科省、振調費の新規課題を決定、産官学共同研究に住化、味の素、協和発酵、理学電機
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2002/0738/

東レ、先端研でガンを含む細胞治療の共同研究を開始
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/oc/2002/0319/

 辻本元教授は、賄賂として受け取ったものは預け金から出ていると思っていたと主張しているようです。自分が取ってきた金だからどう使ってもいいと考えているのかもしれませんが、使用目的に飲食代や家族との海外旅行が含まれていると報道されており、それが事実なら私的流用のそしりはまぬがれません。

 辻本元教授のような巨額な例は珍しいにしても、かつて競争的資金のいわゆる預けはかなりおおっぴらに行われていました。特にバイオ分野では多かったはずです。業者に過大、あるいは架空の請求をさせ、その分を預け金としてプールしておき、後日、物品納入やサービスを受けるというやり方です。核酸合成受託のように、預けをやらない業者はほとんどいないというような業界さえありました。

 預けがこれほどまでにはびこっていたのは、かつては競争的資金の運用ルールが極めて使い勝手の悪いものだったからです。特に問題だったのが、年度をまたいでの予算の繰り越しが難しかった点です。研究が予定通り進まなかったり、採択手続きが遅れ初年度の秋頃になって1年分の研究費を渡されたりした場合、予算を使い切れない事態が発生します。貴重な研究費で不必要なものを買うよりは、業者に預けて次年度有効に使った方がいいと多くの研究者が苦渋の選択をしたわけです。たとえ繰り越せたとしてもそれを理由に次年度の予算を減らされるリスクがありました。預けには合理的な理由があったわけです。

 その後、さすがに検収が厳しくなったので、最近は預けの話をそれほど耳にしなくはなっていました。それでも、預けが発覚して処分を受けるという例が、いまだに年間数十件はあるようです。

 預けが発覚すると、私的流用が伴っていない場合でも新聞やテレビでは犯罪を犯したかのように報道されます。このような報道を見るたびに、私はいたたまれない気持ちになります。新聞やテレビの報道には、なぜ研究者が危険をおかしてまで預けをやるのかという視点がないからです。研究者のキャリアにこのようなことが原因で傷がつくのは、本当にばかばかしいことです。

 辻本元教授も最初は、研究費を有効利用したいということで預けを始めてしまったのではないでしょうか。しかし、長期間預けがばれず(業者とは10年以上のつきあいだった)、金額も多額になると、徐々にモラルハザードを起こしてしまったのでしょう。

 国は今回の事件を機に、今こそ現場の研究者の声に耳を傾け、なぜ預けが起こるのかを究明し、抜本的な対策を講ずるべきです。預けが私的流用を引き起こしそれが刑事事件になるという悪循環を断ち切らなければなりません。預けをしなくてもよい環境が必要なのです。

 実は、総合科学技術会議(CSTP)は何をしたらいいか分かっています。2011年度に科学研究費補助金(科研費)では一部項目(「若手研究(B)」「挑戦的萌芽研究」「基盤研究(C)」)が基金化されました。さらに2012年度のアクションプランの当初案では、「2015年度までに科研費の全ての項目を基金化する」「科研費以外の競争的資金についても、複数年度にわたる執行を可能とするなどの制度改革を検討する」と明記されていました。

 しかし、最終案では、「基金化による研究の効率や成果の向上などの効果が期待されている。成果、効果を検証しつつ、研究費の効率的・効果的な執行についてさらなる検討を行い、研究のパフォーマンスの向上に向けた取り組みを推進するべきである」といったあいまいな表現になってしまいました。財務省が全面的基金化に反対したためです。

 基金化だけでなく、細切れになっている競争的資金の合算使用や予算内の使用目的の変更も、研究者からの要望としてよく耳にします。研究者の立場から使い勝手を徹底的に見直し、預けなどの不正に手を染めなくてもいいような環境を整えた上で、それでも不正をやってしまった研究者には今以上の厳罰を与えるというというのが、理にかなった策だと考えます。