テニスの金メダルは英国のマレー選手が獲得、復活したフェデラーを退けました。同じウィンブルドンの芝コートでありながら、勝者と敗者が逆転したのです。開催国英国国民とマレーのお母さんの熱狂的な応援が逆転を生みました。オリンピックには誠に、魔物が住んでおります。日本は残念ながら金メダルまでは行きませんが、オリンピックの魔物に、チームとして勝利を収めつつあります。体操、バトミントンダブルス、アーチェリー、水泳の男女の400mメドレーリレー、卓球、フェンシング、そして言うまでも無く男女のサッカーと、チームでは世界に対抗できる実力を示しつつあります。おかげでカバーしなくてはならない種目が飛躍的に拡大、睡眠不足にあえぐはめになっております。今晩も大変でしょうが、頑張りましょう。

 現在、九州大学のお招きで、博多に向かっておりますが、今晩もなでしこのために、暑い晩になりそうです。

 さてバイオです。バイオにもチームプレーで勝つ戦略が現れました。この研究戦略は日本人の特性を生かすものだと考えています。信頼と無私の協力は日本人の得意とするところです。

 例えば、かずさDNA研究所が展開しているTogoAnnotationです。現在は藍藻などのゲノム配列に、研究者がよってたかって注釈をふるシステムです。これによって、機能不明の遺伝子の生物学的な機能を同定したり、推定するヒントが与えられたりします。まさに、衆知を集めて、多様な生物のゲノムの機能を解読しようという試みです。
http://togo.annotation.jp/

 使用されているシステムは、ソーシャルブックマーク。わが国でも一時ソーシャルメディアとして流行していた懐かしい仕組みです。これによって注釈とリンクを、藍藻などのゲノム配列に、簡単に貼り付けることができます。急速な次世代ゲノムシーケンサーの発展が、間違いなく、多様多種なゲノム配列や多数のヒト個人の解読情報が、データベースやインターネット空間を満たすことは必然です。先週も私の知り合いの慶応義塾大学先端生命科学研究所の富田所長が、個人名とゲノム情報を公開しました。今やヒトゲノム解読コストも1000ドルを割るまでになり、ヒトゲノムの公開は個人情報を抜きに考えるなら、多分世界で1万人以上のゲノムが公開されるまでになっています。つまり、もはや珍しいことではないのです。

 問題は、最も遺伝子の機能解明が進んでいる大腸菌でも遺伝子配列の機能が解明されているのは6割、どんなに高く見積もっても7割に過ぎないということです、大腸菌ゲノムが解読されて15年以上経っておりますが、機能解明された遺伝子の割合はせいぜい10~20%しか増えていない。遺伝子の機能解明のためには、簡単に機械でゲノムを解読するだけではまったく不足。生命現象とそれぞれの生物種に対する深い研究が要求されるのです。これは決してオートメーション化できない、保守本流の生物学研究、人間の泥臭い営為ではなくては解決できないのです。

 普通なら頭を抱えてしまう難問ですが、今や私たちにはインターネットがあります。機械化できないなら、古代エジプトがピラミッドを築いた人海戦術を投入するしかありません。インターネット以前であれば、そもそもゲノム配列の注釈に研究者を動員するコストと時間は膨大なものとなります。我が国の理化学研究所がFANTOMプロジェクトで転写タグの注釈に国内外の研究者を成田空港の近くのホテルに集めたことが世界記録ですが、これも我が国政府が潤沢な研究費を理研に投入したため。わずかにヒトとマウスの2種でも大変なコストが必要でした。しかし、これでもこの2種の生物に関しても、遺伝子機能の完全解読には尚道遠しです。このやり方で、地球上の生物とヒト個体の全ゲノム情報の注釈は不可能だと思います。

 そこで注目されるのが、インターネットを経由したソーシャルネットワークによる人海戦術です。世界中の研究者が居ながらにして、仮想空間上の生物ゲノム配列に、よってたかって注釈を加えていく。そしてそこで示唆された機能を実験的に確かめ、追加情報として注釈を加え情報の確度を更に上げていく。勿論、実験によって仮説が否定された場合も、情報がリンクされることになります。今まで、ピア・レビューという不完全な科学評価システムで、一流雑誌に掲載されれば、あたかも科学的真理に到達したという誤解を広めていた、Nature・Science・Cell神話もこれによって解消することができると思います。科学研究は追試されて初めて真となることを忘れてはなりません。しかも、一流科学雑誌に掲載された論文がその後引用される、つまり追試される割合は30%以下に過ぎないのです。しかも、ほとんどの科学雑誌はネガティブデータを掲載しないという悪弊をもっています。こうした科学研究の情報流通の欠陥を、ソーシャルネットワークによる科学なら補うことができるかも知れない。まずはチーム力を育む文化を持つ、日本から精度と信頼度の高いチーム科学インフラを構築することを期待しています。

 但し、オリンピックほど簡単ではないのが、科学です。国別に勝った負けたを競うだけが目的のスポーツと異なり、科学研究は国境も人種も文化を超越せざるを得ないためです。単純で強烈な愛国主義的情熱ではなく、人類の普遍的な好奇心によって駆動されるチーム科学の手法を最終的には確立することを目指さなくてはなりません。火星人の襲来を待つという手もありますが、できれば国際性豊かな日本の新人類達にこの宿題を委ねたいと望んでいます。

 今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満
ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/