サッカーの男子オリンピック代表は奇跡以上のことを成し遂げつつあります。なでしこの栄光に隠れすっかり日陰者扱いをしてきたことを反省しなくてはなりません。サッカー協会がなでしこをエコノミーで、男子オリンピック代表をビジネスクラスで、欧州に送り込んだ手配ミスさえも、スペイン撃破、モロッコに対する劇的勝利で、今ではあれは深慮遠謀だったのではないか?と悩むほどです。メディアでブロウアップされ金メダルが当たり前の空気となっていた柔道や体操、平泳ぎなど他の種目が難渋しているのとは対照的に、サッカーは日本に元気を与えています。Jリーグによって、学校教育の呪縛からいち早く抜け出し、地域スポーツへと変貌、そしてグローバルに男女の人材を送り出すことに成功した、関係者の戦略性が開花したのです。日本のオリジナルとは違ってしまったJudoに、相変わらず柔道で対抗して苦杯を嘗め続けている柔道と、大きな違いが生まれています。

 欧州のサッカー界に与えた衝撃で永井選手を筆頭に、我が国の若手選手に移籍のオファーが殺到しそうです。国内のJリーグもまた、ユニークな国際市場に通用する選手を育成できるシステムであることを証明するものです。ますますブラジルワールドカップが楽しみになってきました。苦戦を続けるなでしこですが、澤だのみからの脱却の苦しみです。スウェーデン戦の最大の収穫は澤と交代した田中選手によって、見事に攻撃がパワーアップしたことです。世界一になるにも、それを維持するにも、選手層の厚さと健全な世代交代はかかせないのです。
http://www.london2012.com/judo/

 さて、バイオです。

 7月25日の個の医療メールでも紹介しましたが、とうとうわが国の再生医療製品の実用化第二弾となる自家培養軟骨「ジャック」が医療用具として2012年7月27日付けで厚生労働省から製造販売承認されました。自家培養表皮「ジェイス」に続き、蒲郡のジャパン・ティッシュ・エンジニアリングが商品化に成功しました。すでに再生医療の製造や許認可獲得の経験もあるので、私の予想ではもっと早く承認を得てもしかるべきであると思っておりました。しかし、結局、ジェイス発売から5年後の承認となりました。関係者の苦労は想像するに余りますが、承認獲得を粘り強く実現した同社の努力には敬意を払わなくてはなりません。老齢化社会に直面する我が国にとって再生医療の開発は不可欠です。老齢疾患の多くは、細胞の喪失に起因しているためです。自家培養細胞の補充というシンプルな治療概念は極めて魅力に富んでおります。

 但し、問題はこれから始まる保険償還価格の協議です。詳細は下記の個の医療に触れましたので、そちらをご覧願いたいのですが、再生医療の研究開発の持続可能性を保証するような保険償還価格、そしてそれを合理的に決める新たなルールが必要だと考えています。医療用具の慣習から逸脱した保険償還価格決定を行わないと、再生医療に挑戦する企業は姿を消してしまうでしょう。残るは途方に暮れる老人のみ。幸い、自家培養軟骨に関しては欧州や米国など、医療用具の価格決定の参照国でも発売されており、こうした価格をも償還価格に反映させる必要があると考えます。カテーテルやペースメーカーなど海外企業にわが国の市場占有を許している医療用具の価格は海外の価格水準と比べても割高となってます。こんな状態を許して、国内メーカーの意欲を挫くような保険償還価格の決定は、何としても避けていただきたいと願っています。詳細は下記をご覧願います。
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20120725/162337/
http://www.jpte.co.jp/ir/library/JACC_20120730.pdf
◎個の医療登録サイト
http://passport.nikkeibp.co.jp/bizmail/p-med/index.html

 さて、バイオにも世代交代が必要です。今回はがんの治療に関する世代交代です。手術、放射線療法、化学療法に加えて、分子標的薬や抗体医薬などがん創薬標的医薬が市場に登場、血液がんのみならず固形がんの治療法に革新を起こしつつあります。では、この次の世代のがん治療は何か?衆目の一致として、免疫療法が浮かび上がっています。ペプチドワクチン、がん抗原ワクチン、樹状細胞ワクチン、遺伝子治療ワクチンなど、様々な技術突破が試されています。ここ暫く、この内、本物は何かを取材しております。先週、札幌で開催された日本がん免疫学会なども、極めて刺激的な発表に満ちておりました。日本は自然免疫系や抑制性の免疫系の研究が盛んで、今やT細胞B細胞の免疫系と自然免疫系が絡みあってきた最新の免疫学の世界では国際競争力が十分あると考えています。実際、慢性炎症の治療薬開発を戦略的に着手したデンマークのNovo Nordisk社が今年、わが国との研究提携を求めて大挙来日したほどです。

 「第四の柱としてがんの免疫療法はある。しかし、現状のがん免疫療法の効果は限定的であり、それを打破する研究が必要だ」と愛知医科大学の上田龍三教授が、札幌の日本がん免疫学会で指摘した通り、がん免疫療法が実際のがん患者の救命率を改善するには、まだまだ関門が待ち構えています。

 がん特異抗原発見 → 組み換えタンパク質やMHC拘束ペプチド合成→ +既存のアジュバント(Alumやモンタナイド) →がんワクチンという図式で、いくつかの臨床試験が全世界で行われています。主にわが国で多数行われているがんペプチドワクチンは、そうしたがんワクチン開発の一つの流れに過ぎません。ここ暫く取材を続けていますが、まだ、どれががんワクチンの主流と勝ち残るかは判断できません。

 ただ、言えることは、自然免疫系とT細胞の免疫系の両方を活性化しないと、十分な薬効を期待できるがんワクチンができないことです。細胞障害性T細胞を誘導する単純なペプチドだけでは、予め自然免疫系が活性化している患者さん以外には、十分な効果は望めないかも知れません。そのため、世界の研究開発はがん特異抗原の探索から、自然免疫を活性化し、自己免疫疾患を誘導しないで、がん特異細胞障害性T細胞を効率良く誘導するアジュバントの開発に大きく軸足が移行しつつあるのです。幸いにして、オミックス研究によるがん特異抗原の探索研究とは独立して、細菌の細胞壁やDNA、RNAを認知して自然免疫を惹起するToll様受容体(TLR)の解明が進んで来ました。今後のがんワクチンの開発はオミックスと自然免疫の融合によって成就すると期待しています。その意味では両方の研究が盛んで、医療文化的にも温和な免疫療法を患者が好む日本はがん免疫療法の開発に有利な立場にあると思います。何も、米国で無理して研究を行わなくても良い条件が、皆さんに揃っていると思います。薬効もまだ科学的に証明されていない、高額な免疫細胞療法をこれだけ希望する患者が居る国も珍しい。今朝も、北海道大学のグループが腫瘍で大量に生産されるTIM-3たんぱく質が、崩壊したがん細胞から漏出したDNAを樹状細胞が取り込み、自然免疫を活性化することを防いでいると発表しました。微生物やウイルスなどの感染病原は、自身のRNAやDNAがアジュバントとして自然免疫系を活性化し、T細胞やB細胞性免疫を駆動し、結局は免疫を成立させえるのに対して、がんに対する免疫反応が微弱にしか起こらない原因の一端を、解明したと思います。もう一週間発表のタイミングが早ければ、この大発見を札幌で取材できたのですが。。。
http://www.nature.com/ni/journal/vaop/ncurrent/full/ni.2376.html

 実は、がん免疫ワクチンにはもう一つの関門があります。それは抑制性免疫システムです。がん組織の周囲には腫瘍血管が絡みついているだけでなく、実はがん組織で炎症が起こっているため多数の免疫細胞が集結、取り囲んでいるのです。だったらがんワクチンも有効ではないかと考えたくもなりますが、炎症初期にはがんを攻撃する細胞障害性T細胞なども集結しますが、やがて免疫反応を抑制する抑制性T細胞が集結、がんワクチンの薬効を減衰させてしまうのです。最近では、抑制性のB細胞、マクロファージなど、免疫系のブレーキ役の細胞群が次々と明らかになっており、主に外部感染などによる異物排除を自己免疫疾患にならぬように実現するために、むしろブレーキの方が免疫では強力にかかるようにできている感じすらもっています。昨年、米国で認可された抗CTLA-4抗体や小野薬品と京都大学が開発した抗PD-1抗体や米BMS社が開発したPD-L1抗体ががんの治療で注目されているのは、抑制性免疫系のブレーキを解除し、がん抗原特異的に細胞障害性T細胞を活性化させ、幅広いがんを免疫的に排除できる可能性を示したためです。当然、こうした抑制性免疫系解除抗体医薬とがんワクチンとの併用も重要な臨床上の検討課題となります。そこで忘れてはならないのが、上田教授が協和醗酵キリンと開発、今年の5月29日に発売された成人性T細胞白血病(ATL)の治療薬である「ポテリジオ」です。

 実はATLは抑制性T細胞が腫瘍化したものです。上田教授は「原因の(ヒト成人性T細胞白血病ウイルス)HTLV1は総ての種類の細胞に感染するが、患者の免疫系が排除する。免疫系にブレーキを掛ける抑制性T細胞に感染、がん化した細胞のみがATLとなった」と考えています。ポテリジオはATL細胞表面に発現するCCR4と結合、抗体依存性細胞障害作用によりATL細胞を根こそぎ除去します。この強力な作用を、他の固形がんの治療に応用できないか?つまりポテリジオを投与して抑制性T細胞を一時的に患者の体内から除去し、がん抗原特異的な免疫反応を惹起するというアイデアです。勿論、闇雲にブレーキを外して、自己免疫疾患を惹起することは防がなくてはなりません。すでにATLで1mg/kgの投与量で安全性が確認されていることが、一つの頼りです。上田教授は12年度の厚生労働科学研究費を獲得、「固形がんに対する抗CCR4抗体療法第I(II)相の医師主導治験」を行うべく、準備を進めています。

 がんワクチンの未来を握るのは、がん抗原(たんぱく質だけでなく、ペプチドやがん細胞の変異DNAなど)、自然免疫系の賦活、そして抑制免疫系の解除、更に言えば、がんワクチン投与対象者を鑑別するバイオマーカーとがんワクチンの効果を検証できる病態マーカーの開発、ではないでしょうか?この分野は決して目を離すことはできません。皆さんからの情報提供も期待しております。

 酷暑です。皆さん、どうぞ今週はご自愛願います。

         日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/