現在、仙台で日本毒性学会学術年会を取材しております。暑さは若干緩みましたが、蒸しているのが難点です。昨夜、学会取材後に灼熱の仙台を逃れ、山奥の温泉を目指しました。しかし、乗った各駅停車がなんと、カモシカと衝突、35分も遅延するという信じられない経験をいたしました。仙台の駅から僅か25分しか離れていない線路でカモシカに遭遇するとは思いませんでした。天に召されたカモシカには申し訳ありませんが、緑の都と自慢する仙台の自然環境の豊かさを痛感しました。駅までお迎えいただいた運転手さんは「今年3回ぐらいカモシカやシカの轢断事故があった」と涼しい顔でした。加えて、川に面した露天風呂の対岸にカモシカやサル、そして今年はクマも出たというじゃないですか?その夜の露天風呂は殊の外スリリングであったことは言うまでもありません。

 さて個の医療です。

 当地の毒性学会の注目は薬物肝障害です。今も尚、臨床試験の中断の最大の原因の一つである安全性問題の主役だからです。また、薬物を投与法を工夫して薬剤肝障害の動物モデルが続々と開発されたため、分子レベルでの発症機構解明も急速に進んでいます。今回の学会の成果として、肝障害と免疫毒性(早期反応はTLR4などの自然免疫機構、そして次にTh17やTh2などの細胞性免疫が関与)の関連が明確になってきたました。さらに、肝障害の超早期には特定のmiRNAが先行して上昇することすら分かってきたのです。薬物や毒物という厳しい、そして外在性の環境圧を与えることによって、より明確に、あるいは誇張された生命システムの変化を観察できることから、毒性学会は継続して取材しておりましたが、今年の学会ではまさに分子生物学、更にはシステム生物学が、開花した様相を呈しています。成果がすぐに安全性評価や新薬の前臨床試験に翻訳できるため、毒性研究分野は応用システム生物学の最前線に踊り出ざるを得ないのです。miRNAのバイオマーカーとしての研究は多分、毒性学会がリードすると直感しています。当然、ES細胞やiPS細胞の応用研究の橋頭堡でもあります。元々は大変地味な研究分野だった毒性研究に、皆さん、是非ともご注目いただきたい。
 
 さて、毒性研究と個の医療の絡みは、当然のことながら患者さんの個体差と医薬品の副作用が中心です。現在、薬剤性肝障害などの副作用マーカーは抗がん剤イリノテカンに対するUGT1A1*28と*6の遺伝子検査のみが実用化されているだけですが、今後、この分野の診断薬は一時的に増加する可能性があります。但し、長期的に見れば薬剤肝障害を起こす可能性のある医薬品は開発中断されると思われます。診断薬から前臨床試験のスクリーニングに、商品化の力点は移行せざるを得ないと考えます。

 しかし、薬剤性肝障害のマーカーを探索には予想外の落とし穴があります。

 通常毒性試験で使用されている実験動物はラットやビーグル犬、そして最近注目を浴びてきたのがミニブタです。マウスとの差は体重の差だけではありません。最大の差は遺伝的な背景の多様性です。マウスには遺伝的に均一な近交系が存在します。遺伝的にいえばマウスは完全なクローン動物であります。従って、動物個体の遺伝子の多様性を気にしなくて実験が可能です。ところが、現在、毒性実験に使われるラット、犬、猿、ミニブタはほとんど非近交系です。この結果「肝心の薬剤代謝酵素であるチトクロームのアイソザイムの発現パターンはラットの個体でばらばら」といった状況にあります。従って、マウスで薬剤性肝臓障害の原因や分子メカニズムが解明されたといっても、必ずしもそのまま安全性試験に利用されていた実験動物に応用することはできないのです。まさに隔靴掻痒。

 来年の春、オリエンタル酵母が輸入したGittingenミニブタの種豚から国内で実験用のミニブタ生産を開始します。来日したこのミニブタの権利を持つデンマークEkkegaard社のCSOのNiels-Christian Ganderup氏が「ミニブタの遺伝的多様性はどうか?」という会場からの質問に「人間の患者と同様に多様性がある」と答えていました。頓知が効いた答えですが、是非とも多様性の幅を制御する管理方法や近交系(とても大変でしょうが)の開発も検討していただきたいと思います。

 希望は、年内にミニブタゲノムの発表がスイスRoche社が行うことです。個体差のあるミニブタを全ゲノム解析を基に個体差を理解できる可能性があるのです。

 皆さん、今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

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