今年は再びウィンブルドンを取ると予想されていたシャラポアがリシツキにあっさり破れ、またもウィンブルドンは番狂わせが起こりそうな予感がしています。リシツキも昨夜、ラドバンスカヤに破れ、準決勝にはケーバーvsラドバンスカヤ、セレナvsアザレンカが残りました。もし番狂わせがないとすると、セレナvsアザレンカが事実上の決勝戦です。小雨が続く芝生のコートが、私は予想外の結果を呼び込むと思っております。
http://www.wimbledon.com/en_GB/scores/draws/ws/r5s1.html

 さて、個の医療です。これも主要な狙いとは異なる、予想外の成果でした。

 今回は、個の医療とはちょっと違いますが、元祖バイオ医薬であるインスリンの発がん疑惑が、発売後30年を経て、やっと今年6月11日の米国糖尿病学会で、氷解し、会場はスタンディングオベーションの嵐となりました。
http://www.diabetes.org/for-media/2012/sci-sessions-ORIGIN.html

 単純な話ですが、インスリンは極めて強力な細胞増殖因子です。ITES培地は哺乳類の細胞培養に不可欠な増殖培地ですが、その構成成分にはインスリン、トランスフェリン、エタノールアミン、セレンが含まれています。従って、多くの医師達はインスリンの投与が細胞増殖を招き、発がん性を示す懸念を感じていました。しかし、重篤な糖尿病患者の生存にインスリンは不可欠です。リスク(実際には科学的根拠は示されていない疑惑)とベネフィットを秤に掛けて、治療が医師の心の中では行われていたのです。先月の米国糖尿学会の発表に、会場の医師たちが狂喜乱舞したのは、長年の懸念が晴れたためなのです。正直、皆さん、ほっとしたのです。

 1922年にブタすい臓から抽出したインスリン製剤が投与されて以来の長い使用経験が、インスリンの発がん疑惑を薄めていたのですが、08年ごろから日米の学術雑誌に、インスリンの発がん性を示す論文が発表され始め、欧州糖尿病学会誌2009年6月6月27日号で持続型インスリン誘導体「ランタス」が発がん性を増すという論文が4報掲載されて、インスリンの発がん疑惑に火がつきました。当時、様々な議論が巻き起こりましたが、結局、対照群とのマッチングが不十分など、発がん性を示すにはいずれの研究も不十分と結論され、添付文書の改訂なども日米欧で行われませんでした。しかし、それでもインスリンの発がん疑惑を前向きにきっぱりと否定する研究はなかったのです。いわばのどに刺さった小骨のように、インスリン療法の発がん疑惑は90年も続いていたのです。

 今年発表された国際共同治験「ORIGIN」はそのもやもやをすっきりと取り去った結果となりました。ランタスの製造・販売企業である仏Sanofi社が依頼した試験ですがカナダMacMaster大学を中心とした世界51人の医師で構成される独立の運営委員会によって遂行された臨床試験です。ランタスの発がん性論文が発表された09年より前の2002年から試験デザインが始まり、臨床試験は03年2月に始まっています。その意味では、企業が発がん性の論文の反論のために行った臨床試験とは別格の試験です。

 実際、日本は不参加ですが、世界40カ国、573施設から1万2537人の糖尿病と前糖尿病疾患の患者が登録され、ランタス治療群と標準治療群、それに加えて、ω3脂肪酸の投与の有無を組み合わせた、4つのグループを6.2年(中央値)追跡調査した結果をまとめた、大規模な前向き試験です。今まで、インスリンの発がん性の有無に答えを与える、これほど大規模な前向き試験はありませんでした。

 結果は、がん死、発がん全体でも、部位別(肺がん、結腸がん、乳がん、前立腺がん、メラノーマ、皮膚がん全体、そしてその他のがん)でも、ランタス投与群ではまったく差が認められませんでした。ハザード比でがん死亡率は0.94、がんの発生全体では1.00でした。勿論、科学研究ですから、この結果が真と認められるためには追試が必要ですが、これだけ大規模で人種を超えた精密な前向き研究な結果ですから、発表した米国糖尿病学会の聴衆が、しかも発がん性疑惑の中心だった持続型インスリン、ランタスの疑惑が否定されたことから、直感的にインスリンの発がん疑惑が晴れたことを受け入れたのです。ORIGIN試験自体の主要評価項目である早期のインスリン治療によって、心筋梗塞など心臓血管イベントのリスクを低減するということは証明できず、ω3脂肪酸のリスク低減効果も証明できない、と実は不発に終わった臨床試験でした。しかし、皮肉にも副次評価項目である発がん性の否定と早期治療によって糖尿病の進行が抑制されることを証明したことによって、歴史に残る臨床試験となりました。

 インスリン実用化、90年目にして安寧を得る。バイオ研究は分からぬことばかりです。粘り強く、安全性や有効性のデータを検証し続けなくてはなりませんね。こうした誠実な科学者や関係者の持続的な努力こそが、患者さんの安心を生む絆を形成するのです。

  皆さん、今週もお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満