◆◆◆薬用植物研究開発の最前線◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 薬用植物資源の高度利用化に向けて-ポストモデル植物時代の「生薬ゲノミクス」
  医薬基盤研究所薬用植物資源研究センター育種生理研究室 河野徳昭主任研究員

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

薬用植物総合データベースの構築

 医薬基盤研究所薬用植物資源研究センター(筑波研究部:茨城県つくば市、北海道研究部:北海道名寄市、種子島研究部:鹿児島県熊毛郡中種子町)では、生薬の基原となる薬用植物をはじめとする多種多様な植物について、保存、栽培、成分研究、そして遺伝子工学的研究等、我が国随一の薬用植物のリファレンスセンターとして幅広い研究を行っている。近年、当センターでは、保有する植物体およそ4000系統、種子およそ1万3000点をはじめとする膨大な量の薬用植物資源に、「情報」という付加価値を付与し管理・提供することをコンセプトとした「高度利用化」への取り組みを進めている。本稿では、その一環として行っているデータベース構築、そして、薬用植物の遺伝子情報収集ついて紹介したい。

 当センターでは、重要薬用植物約100種について植物の基本情報、生薬の情報、栽培情報を収載した薬用植物データベース(http://wwwts9.nibio.go.jp/mpdb.html)を作製し、2010年春より公開を開始した。本データベースは、研究者、製薬関係者、薬学生、そして一般の方々まで幅広い層のユーザーを想定し、マウスのクリックだけで直観的な操作が可能な「ながめて楽しい図鑑」を目標としている。栽培情報は「薬用植物 栽培と品質評価」(薬事日報社)をベースとしており、薬用植物分野では、実生産の視点に立った唯一のデータベースであり、また、1000点を超える写真ライブラリーには、種子から生育中の様子、収穫、調製、そして生薬に至るまでの写真が収載されている。

 この「初代」データベースを基本骨格として、大幅な肉付けをした発展形が、2010年度よりスタートした厚生労働科学研究事業「漢方薬に使用される薬用植物の総合情報データベース構築のための基盤整備に関する研究」で構築中の「薬用植物総合情報データベース」(以下、総合DB)である。総合DBは、「初代」の基本骨格を引き継ぎ、直観的な操作性を維持しつつ、ユーザーの専門性に応じて化合物情報や日本薬局方情報、さらには成分分析の種々の生データまでも閲覧可能な高度なデータベースとなる予定である。また、日本漢方生薬製剤協会、日本生薬連合会、東京生薬協会の関係各社のご協力をいただき、国内に流通している生薬の成分、遺伝子配列等の実データを測定解析し、データベース化する点を最大の特徴としており、これらの一生薬・多検体について収集された各種のデータはいずれ、産地や品種、系統等のパラメータによる比較解析の基礎となり、産地による成分等の特性の解析や、遺伝子マーカーの開発等に寄与できるものと期待される。本総合DBは薬用植物に関する多彩な情報を満載したデータベースとして2013年春の一般公開を目指し、鋭意構築を進めている。

生薬基原植物鑑別情報のデータベース化

 日本薬局方の生薬総則の項に「生薬の基原は適否の判断基準とする」と明記されているように、生薬の品質管理において基原植物の正しい鑑別はその根幹をなす。総合DB構築プロジェクトの遺伝子鑑別情報パートでは、生薬およびその基原植物の遺伝子鑑別法に関連する文献等の情報のデータベース化を行うとともに、薬用植物資源の安定供給を指向し、生薬情報の多様性の範囲確認を目的として、国内に実際に流通する生薬の遺伝子レベルでの多様性に関する情報についてデータベース化を進めている。遺伝子情報の品質管理への寄与は今後いっそう高まると考えられるが、これらのデータの集積により、市場流通生薬の実態に即した基原植物種の遺伝子鑑別法が整備され、生薬の品質の確保に貢献できるものと考えている。

「バーコード化」と生薬遺伝子鑑別

 現在、地球上のあらゆる生物の同定のため、特定の遺伝子領域の塩基配列情報を集積する「バーコード化」プロジェクトが進められている。本プロジェクトは国際コンソーシアムConsortium for the Barcode of Life (CBOL)により進行中であり、その中の植物ワーキンググループにより、陸上植物については遺伝子マーカー2領域(rbcL, matK)の組み合わせによる植物種同定が提唱されている。薬用植物の基原植物鑑別も一種のバーコード化であるが、既に中国では薬用を含む植物を対象としたバーコード化を猛烈なスピードで進めている。生薬については、国産および国内に流通する生薬が遺伝子鑑別情報的に「傍流」となることのないように、総合DBで収集中の生薬の鑑別に関する遺伝子情報についても国際塩基配列データベースDDBJ/EMBL/GenBankへの登録等による発信を行うとともに、国際的な情勢を注視していく必要があると考えている。

ポストモデル植物時代の薬用植物のゲノミクス

 植物より得られる有用物質の多くは二次代謝産物であるが、それらは各代謝経路にほぼ特異的な生合成酵素群によって生合成される。その遺伝子レベルの設計図となるのがゲノムDNA情報であるが、二次代謝産物に富む薬用植物のゲノム情報は、ほとんどが未開拓のまま残されている。シロイヌナズナ、イネといったモデル植物のゲノム解読が完了したポストモデル植物時代の今日、研究者の関心は、非モデル植物の遺伝子解析、そして比較ゲノム解析に向かっているが、Genomes Online Database (GOLD) (http://www.genomesonline.org/)によると、生薬として利用されるような薬用植物についてはゲノム解読の完了した植物はイネを除きいまだ現れていない。しかしながら、ブドウのようにゲノム解読が完了した植物は着実に増えており、薬用植物では、ウラルカンゾウ、オタネニンジン、サンシチニンジンのゲノム解読が中国で進行中である。

 また、ゲノム情報に加えて有用な遺伝子情報と考えられるのが、生合成酵素遺伝子をはじめとする生体試料における全発現遺伝子の情報を集積したExpressed Sequence Tag(EST)情報である。こちらは近年、薬用植物においても多種のライブラリーが構築されており、米国NCBIのdbEST (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/dbEST/)によるとウラルカンゾウやオタネニンジンといった重要な薬用植物についてもデータが集積されていることが伺える。

 次世代シーケンサーの登場により、大規模遺伝子解析は容易になりつつあり、今後、研究者がゲノム解析から軸足を薬用植物等非モデル植物のEST解析や比較ゲノム解析に移し、解析される植物種と蓄積される情報は量と質の両面において大幅に充実していくものと予想される。当センターにおいては、2010年度より薬用植物のESTライブラリー構築を開始し、これまでに、ケシおよびウラルカンゾウについてライブラリー構築を行い、現在、データ公開に向けて推定酵素機能のアノテーション等を精査しているところである。今後、国内においても、薬用植物を対象としたEST解析そして比較ゲノムプロジェクトが誕生することが切望される。薬用植物の網羅的な遺伝子情報の整備により、生合成研究のみならず、優良系統のマーカー探索等々の研究に新たな道筋が示されると期待される。

おわりに 

 遺伝子情報を中心とした関連情報を網羅的に扱うゲノミクスは、医療分野ではオーダーメード医療の基盤となるファーマコゲノミクス、そして食品分野では栄養学と遺伝子や代謝物情報等の融合であるニュートリゲノミクスへと展開している。生薬・漢方薬の分野においても、遺伝子情報をベースに基原・産地・成分情報などを網羅的に集積した、言わば「生薬ゲノミクス」は、生薬および薬用植物の品質確保、有効利用の未来を築く礎の1つとなるものと考えられる。センターで構築中の生薬の各種関連情報を統合した総合DBは、まさに生薬ゲノミクスの中核をなすデータベースとして真価を発揮できるものと確信している。当センターの保有する優れた薬用植物資源を、総合DBの多様な情報と共に活用していただければ幸いである。