庭の海棠のピンクの花も散り始めました。東京は雲の中にいるような霧雨で冷え込んでいます。八重桜も満開の盛りを過ぎ、鮮やかさを失い老境を迎えつつあります。今朝の読売新聞の一面は「朱鷺の子供誕生」であまりの平和さに、愕然としたところです。昨夜、ホテルニューオオタニで民主党の全国選挙対策者会議が開かれており、メディアも集まっていたようですが、ほとんど報道されていません。これもそれも2大臣の問責決議を参議院で可決したのに、自民党も民主党も共に解散を恐る実質的な大連合を形成しているため、政治的な進展を望んでいないためでしょうか?フランスでは大統領選挙の結果、国民の選択が問われました。政治家の都合だけで、国民の選択の機会を奪っていいいのか?3割を割り込んだ野田首相の支持率はその答えを明示しています。

 パンとサーカスではありませんが、社会が倦んでくるとスポーツに爽快さを求めてしまうのが、凡愚の常。先週はレアルマドリードが2:1でバルセロナに快勝、伝統の一戦クラシコを制しました。先制点を許したバルセロナは、まったくメッシやシャビが機能せず、完敗でした。これによりスペインリーグの優勝をほぼ手中に収めました。レアルの監督モウリーニョの戦術が冴え、バルセロナの芸術とも言えるパスサッカーを封じてしまいました。中盤そして最終ラインをドリブルや細かいパスで突破しようとしてもことごとく弾き返されました。ファンとしては血圧ばかり上がるのみ。この他、ドイツのブンデスリーグの優勝を決めた香川のシュート、めまいから復帰した澤選手のヘディングなど、週末には巨人ファンには申し訳ないけど、日ごろの鬱憤を晴らす美技を堪能させていただきました。ありがとう。

 さてバイオです。

 先週は土曜日まで先端バイオの取材漬けで頭がやや炎症を起こしております。ただ、ひりひりする脳細胞が教えてくれたのは、どうやら発がんにmRNAのスプライシング機構が関与しているのではないか?という直感です。東京大学医学系大学院の小川准教授が昨年、前白血病病変である骨髄異形成の35人の患者のエクソームを網羅的に解析したところ、スプライスを行うたんぱく質複合体の構成遺伝子に、突然変異が集結していることを発見したのはお伝えした通りですが、先週の土曜日まで京都で開催されたOOTR(Organization ofOncology and Translational Res-earch)の年次総会でも、2つ発がんのメカニズムにスプライシングの結果誕生する変異たんぱく質が関与していいるという重要な発表がありました。
http://www.ootr-institute.org/jp/

 慶応義塾大学医学部先端医科学研究所の佐谷秀行教授らは、ヒアルロン酸の受容体でもあるCD44のスプライシング変異たんぱく質ががん組織の一部で発現していることを発見、しかもがん幹細胞様の機能をこれらのがん細胞が持っていたのです。実際、CD44変異たんぱく質を細胞表面に発現したがん細胞は、抗がん剤によって発生する活性酸素(ROS)に抵抗性を示し、つまり化学抗がん剤耐性を獲得していました。がん特有の解糖系に依存した嫌気的な代謝も行っています。まさにがん幹細胞という仮想概念に当てはまる細胞群だったのです。エクソン8,9,10が挿入されたCD44変異たんぱく質の機能を調べて見ると、xCT(グルタミン酸シスチン・トランスポーターのサブユニット)と細胞膜内で会合、安定化させることにより、がん細胞に抗酸化物質グルタチオンの原料であるシスチンを積極的に取り込んでいました。しかも、シグナル伝達機構を介して、細胞代謝を好気(TCAサイクル)から嫌気(解糖系)に切り替える役割もCD44変異たんぱく質が担っていました。これによって、還元型グルタチオンの形成に不可欠な補酵素、NADPHが供給されるのです。つまり、CD44変異たんぱく質を持つがん細胞は還元型グルタチオン濃度を上昇させ、化学抗ガン剤、がん細胞の遺伝的不安定性によって生じる細胞内の変異たんぱく質の増大(ERストレス)や流血中の高酸素濃度環境などにより生じる細胞内活性酸素に対する抵抗を獲得していたのです。ストレスに強いがん細胞に変身してしまうのです。抗がん剤の耐性獲得にこのメカニズムは深くかかわっています。がんの転移にも、高い活性酸素ストレス耐性獲得は重要です。実際、xCTの阻害剤はがんの転移防止作用を示しています。全世界の製薬企業やベンチャーはがんの嫌気代謝の阻害剤に殺到しておりますが、佐谷教授のこの研究成果はこうした競争に拍車をかけるものです。佐谷先生自身もこの夏にも、医師主導の臨床試験をわが国で開始します。

 何故、CD44のスプライシング変異が起こるのか?発がんやがんの多様性を生む原因に肉薄する疑問です。20年以上もこの研究に取り組んできた佐谷教授らはヒストンのアセチル化がその鍵を握っていると指摘しています。前述の東大の小川准教授が明らかにしたスプライシング変異が発症の一つの原因である骨髄異形成の治療薬はなんとHDAC阻害剤(ヒストンデアセチルラーゼ)です。がんにおけるスプライシング変異とエピジェネティックスはここに置いて、幸せな結婚に至ったのです。がんから救われるためには、両者をなんとしても離婚させる方法の模索が必要なのです。

 もう一つOOTRの注目発表は、米国Genentech社のグループが抗血管内皮細胞増殖因子(VEGF)抗体「アバスチン」が薬効を示す患者を鑑別するマーカーがVEGF-A(サブタイプA)のスプライシング変異たんぱく質VEGF-A121であると指摘した発表です。正常細胞ではVEGF-A165や-A189が分泌されていますが、大腸がん、卵巣がん、前立腺がんなどではエクソン6、+6、8欠き、エクソン7の一部を持つVEGF-A121が分泌されています。しかも、嫌気的条件に細胞を誘導すると分泌が亢進するというのです。佐谷教授の発表に余りに類似しているではないでしょうか?スプライシング異常、ストレス耐性、解糖系、まだ、単なる連鎖に過ぎませんが、がんの本質に触れる可能性が出てきました。Genentech社は昨年11月に米国食品医薬品局からアバスチンの乳がん患者に対する適応を、全生存率の延長がフェーズ3で認められなかったことを根拠に取り下げられており、スプライシング変異たんぱく質VEGF-A121による個の医療に社運を賭けています。後ろ向きの解析ですが、確かにこのマーカーを使えばアバスチンで全生存率延長を示す患者群を選別できるます。今後の前向きの臨床試験の成績次第では乳がんの適応復活を望めるばかりか、他のがんへの適応拡大にも拍車がかかるのではないでしょうか?

 但し、OOTRの「抗血管形成療法」のシンポジウム終了後に壇上で国内外のシンポジストが一団となって口角泡を飛ばしてき議論を続けたほど、まだ本当のところ、抗VEGF抗体がどうしてがんに効くのか?分かっていない。こっちの研究もVEGFのスプライシング変異たんぱく質の生物学を究めることによって、より明快になるのではないかと期待しています。漢方薬としてのアバスチンの近代化ともいえるでしょう。そこで重要なのは、がん細胞だけをマイクロダイセクションしてマルチオミックス解析するのは危険だということです。がん組織の周囲の細胞との応答によって血管形成や転移は進むためです。マイクロダイセクションで捨てていた間充織のオミックスがこれからの課題です。レーザーで焼き捨てる時代から、丁寧に組織切片を掻き取る時代になったのです。日本人の手業が光るかも知れませんね。

 さてもうすぐ大阪です。今週も、皆さんどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満
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