今月も日経バイオテクONLINEの Webmasterの宮田が執筆させていただきます。著者の選定に今尚難渋しております。

 これから京都で開催されるOOTRという乳がんの最先端医療に関する国際会議に参加するため、品川を発ちます。BRCA11や2など遺伝子変異や「OncotypeDX]のように21種の遺伝子発現プロファイルをマーカーにした乳がんの治療予測は、既に実用化が進んでいます。乳がんは個の医療の最先端を示す領域です。今回の会議でも、きっと驚くような新薬やバイオマーカー、そして治療コンセプトの変革が示されると期待しています。花の京都も勿論楽しみですが。

 さて、たんぱく質をプロファイルする手法の開発は、遺伝子発現のプロファイルが、必ずしも生命現象と1:1の関係にないため、喉から手が出るほど望まれています。たんぱく質なら生命現象の実態であり、その結果の解釈も様々な代謝や情報伝達ネットワークの地図が高密度になればなるほど容易になります。遺伝子発現プロファイルでは数学的なクラスター解析によって結果が導かれる場合が多く、臨床症状などに翻訳するリアリティに欠ける欠点があります。何より、たんぱく質の挙動を詳細にしかも、多数のたんぱく質に関して一挙に解析する手法が欲しい。個の医療には決定的な貢献をすると考えております。

 抗体チップが当初こうした期待を担って登場したのですが、同じ反応条件で特異性が高く、親和性も高い抗体を揃えることが困難で、診断薬として抗体チップの実用化は頓挫しています。実はアプタマーというRNAの1本鎖なら、どんなたんぱく質に対しても、特異性と親和性のそろった分子を作り出せると米Somalogic社の創業者でアプタマーの発明者でもあるGold博士が主張。多種のたんぱく質と結合するアプタマーを植え込んだアプタマー・チップがたんぱく質プロファイルの決め手と期待されていました。1本鎖のRNA分子はぐにゃぐにゃとやわらかく液体中で様々な立体構造を分子内のイオン結合によって形成します。Gold博士は標的となるたんぱく質をランダムに合成したRNA分子を結合、結合したRNAだけを取り出し、PCRで増幅、増幅条件を若干甘くしてわざと変異をいれたRNA分子群を作り出しました。この分子群に対して、さらに標的たんぱく質の結合を基にして、選抜を繰り返しました。こうした手法(SELEX法)により変異拡大と選抜を何サイクルか繰りかえして、望みの特異性と親和性をもったアプタマーを創製できるはずでした。

 しかし、昨年6月にGold博士が来日、実はすべてのたんぱく質に特異的に結合するアプタマーは10数年研究したが出来なかったと告白、アプタマー好きの日本人研究者に衝撃を与えました。現在、抗体医薬開発で商業化競争のまっただ中にあるCTLA-4やB7-2など多数のたんぱく質に対する特異的なアプタマーは創製できなかったのです。これではアプタマーチップの商業化の声を聞けなかったのも当然です。しかし、Gold博士は通常の塩基の変わりに、5’末を化学修飾したピリミジン塩基を導入したSOMAmer(乖離が遅い修飾アプタマー)を同時に発表、これならほとんどすべてのたんぱく質と特異的に結合するアプタマーができると太鼓判を押しました。ちょうど、アプタマーの米国特許が切れた時期に再び同社はSOMAmerの基本特許を押さえ、そして発表するとは、なかなかGold博士も商売人であると妙に関心した記憶があります。

 それから1年後、4月11日のPLOS ONE誌に820種のSOMAmerを貼り付けたチップ「SOMAscan」を使い、非小細胞肺がんでバイオマーカーを検出したことを発表しました。今度は本当だったのですね。米Washington大学(Seattle)と同社の共同研究で、同一患者のがん組織と正常組織を解析した結果、36種のたんぱく質の量が異なっていることを発見、しかも13種類のたんぱく質は非小細胞がんとの関係を今までまったく知られていなかったたんぱく質でした。バイオマーカーに加え、創薬標的の探索にもSOMAscanが役に立つことを示唆しています。これらのたんぱく質と結合するSOMAmerを標識して病理切片を染めると見事に肺がんの組織を検出できました。抗体とまったく同じ病理検査や血清診断に使用できるのです。診断薬の分野で抗体とSOMAmerの競合が始まる可能性すらあるのです。
http://dx.plos.org/10.1371/journal.pone.0035157

 今まで、最終的に質量分析や特異的な抗体による染色で同定してきたたんぱく質のプロファイリングも、SOMAmerチップによって革命的に進む足音が聞こえてきました。後の問題は価格ですね。コスト削減と検出可能なたんぱく質の品揃えによって、やがてDNAチップのように研究室に普及するかもしれません。DNAチップは1種の製品しか診断薬にはなりませんでしたが、SOMEmerチップは診断薬としても大きく飛躍する可能性があります。ある疾患に関係するシグナル伝達系に関与するたんぱく質のリン酸化プロファイルや細胞周期に関係するたんぱく質のプロファイルなど、一つの疾患に囚われず細胞の状態、パスウェイの状態を観察する手段となると期待しています。システム生物学もこれによって大きく進むのではないでしょうか?我が国では同社と日本電気が協業して新しい健康サービス事業を検討しています。これもアプタマーではなく、SOMAmerで飛躍すると期待しています。進展がありましたら、関係者の方、是非、ご一報願います。
http://www.nec.co.jp/press/ja/1008/3001.html

 皆さん、今月もお元気で。

        日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満