現在、東京白金の東京大学医科学研究所で開催されているNovo NordiskInnovation Summit2012の会場でこのメールを書いております。医科研はそろそろ八重桜が満開で長閑な春景色です。しかし、このシンポジウムは3年前に慢性炎症領域への進出を決定したデンマークのNovo Nordisk社がわが国の免疫学者の最先端の研究をレビューするために開催したものです。「調べてみると免疫学の基礎研究で有力な治療標的を日本が見出した場合が多い。日本は慢性炎症の治療薬開発で不可欠な研究資源だ」と同社バイオ医薬研究ユニットのPerFalk上級副社長が指摘しています。私も日本の免疫学は国際的な競争力があると思っており、ここに目をつけた同社の眼力は鋭いと思います。かつて、武田薬品が真剣に買収を検討しただけのことはあります。Novo Nordisk社を買収できていれば、武田薬品は世界展開する新薬企業として発展していたのですが、昨年のスイスNycomed社の買収で、新興国市場にも目配りするワクチンとジェネリック、そして新薬も開発するなんでもありの企業に変貌しつつあります。一つの買収の成否が企業の存在を大きく変えた例となるでしょう。噂されている塩野義製薬の買収破談とは、もし本当だとしてもインパクトに大きな違いがありました。

 さて、個の医療です。

 4月16日に厚労省で開催された三省庁のゲノム倫理指針検討委員会(正式には、ヒトゲノム・遺伝子解析研究に関する倫理指針の見直しに関する専門委員会(第10回)、ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理指針に関する専門委員会(第10回)、個人遺伝情報保護小委員会(第21回)の合同開催)に行ってまいりました。厚労省、文科省、経産省がそれぞれ検討委員会を立てているためにこんなに複雑な構造となっています。せめて名前位共通にすれば良いのに、まったく無駄な努力をしています。おまけにここに参加している委員も3省庁の色分けがされて、各省庁の代弁とまでは言いませんが、各省庁の熱い期待を背に発言していました。日本の政府の委員会制度の欠陥は、各委員が業界を代表しており、その立場からのモノローグになってしまいがちな点です。これでは議論が一致するはずはなく、事務局が用意した最も中庸な案がほぼそのまま通るという訳です。この状況を打破するためには、個人として業界を超えた発言が期待されるところです。しかし、強く言い過ぎるといつの間にか委員のリストから消えていくという仕組みもあり、ここを打破し、国を良くするためには委員の皆に分かり易く説得力を持って発言しなくてはなりません。知識だけでなく、高度な芸も必要という訳です。

 今回午後6時開催にも関わらずお邪魔したのは、昨年の4月から10回も検討を重ねた検討委員会の最後だと伺ったためです。パブリックコメントの結果を反映した修正と、上部委員会にそれぞれ成案を送るための挨拶文(上申書か)を議論していました。議論は一言で言って静かなものでした。大学の教官の一部と企業委員が、積極的に見解を示した程度でした。最大の焦点となるはずの個人情報保護法の規定に対応したため、「ゲノム解析の結果は原則開示する」という大前提が今回の改定案にも盛り込まれましたが、研究者や医師はまだゲノム配列の意味するところが明確ではないのに、開示するのか?と反対しました。確かに冷静に考えていみると、これは患者さんにかえって迷惑をかけてしまうかもしれません。この委員会を常に傍聴してきた方にうかがいましたが、当初はこの問題に関して激論が交わされたのですが、ある時から個人情報保護法がある以上、この還俗は崩せないという個人情報法保護法の法律家の意見が出て、この本質的な問題の議論は打ち止めになった模様です。今回の委員会ではパブコメの生の声が開示されなかったので、良くは分かりませんでしたが、パブコメでも情報開示に関する賛否の声は多かったのだと推定しています。

 私はジャーナリストですから、原則公開には勿論賛成なのですが、個人情報保護法にガイドラインをすり合わせなくてはならないから、原則公開だという委員会の議論の進め方には疑問を持っています。個人情報保護法の第五章雑則の例外規定(第「50条の3)に、大学その他の学術研究を目的とする機関若しくは団体又はそれらに属する者が学術研究の用に供する目的の場合は、個人情報保護法の適応除外と記述されているためです。今回のゲノム倫理指針はあくまでも研究が対象ではなかったのか?それならば個人情報保護法の対象外であり、法律があるから、情報公開が原則という論理を通すには、無理があります。ゲノム情報や遺伝子解析を利用した研究が患者さんの個人や近親者に大きな影響を与える個人情報を扱うから、個人情報保護法の例外規定は適用しないという議論が必要です。そうなると、一体ゲノム情報や遺伝情報のどこまでが個人情報なのかという本質的な議論が展開できたはずです。これをしっかりやっていただかないと、ゲノム情報は一般的な生化学的検査と同じじゃないか、という考えと、究極の個人情報だという考えの溝を埋めることができないと思います。どこまで研究が進めば、ゲノムを一般的な医療情報として取り扱えるか、最先端のゲノム医学者の本音を議論の俎上にあげることもできないでしょう。今回のゲノム指針の改定案は、全体として妥当だと思っていますが、改定で宿題となった論点は何なのか?もっと明示していただかなくては、次の改定には進めません。同じ議論を3年後、5年後にも繰り返すようなやり方には、大いなる不満を持っています。これこそがわが国の政府が環境の変化にまるで足踏みをしているように見える一つの原因です。議論はまとまろうが、まとまらなかろうが、積み重ね、公開なくてはなりません。

 現在、法律とガイドラインとどっちが上位にあるのか、政府にも混乱が生じている場合も散見されます。そろそろ行政手法として、既存の法と整合性を持って、ガイドラインをどう議論するか?真面目に検討しなくてはなりません。時には実態に合わなくなったガイドラインを整理する必要もあると考えています。

 今週もどうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

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