あっという間に二月、節分直前になってしまいました。中国の御正月、春節の休暇の影響もあり、滞在中の御堂筋はいつもより中国人旅行者の姿が目立ちます。シベリア寒気団の南下で、日本海側や北日本は豪雪、そして関西も冷え込んでいます。十分用心していただきたいのですが、少し注意深く観察すると春はもう訪れています。実際、花粉症の原因となる花粉も飛び始めました。陽の光も強さを増しています。そして驚いたことに、鹿児島県出水市で越冬していた鶴(今年は1万3000羽以上)の一部が、ロシア共和国の繁殖地を目指し、北帰行を開始しました。まるで天気予報を見て、シベリアの寒気団の南下と入れ替わるが如しです。鶴の不思議な能力が、寒気厳しき日本に春の訪れを確信しています。私たちも背中を丸めているだけでは能がありません。春に備える時です。我が国に復興の春を呼び込みましょう。
http://www.city.izumi.kagoshima.jp/izumi_crane/04turu/turu03.asp

 さて、個の医療です。

 年初に、米Genentech社のホームページからメーリングサービスを申し込みました。1月30日に最初のメールが届いたのですが、なんと米国食品医薬品局が、ErivedgeTM (vismodegib)を難治性の基底細胞がんの治療薬として認可したという歴史的記者発表でした。備えあれば憂いなしです。米国で最も一般的な皮膚がんに対して、治療効果がある初めての経口剤です。従来は手術か、放射線療法しか、治療の手段がありませんでした。標的医薬が再び、新たながん治療に成功しました。vismodegibは世界初のヘッジホッグ・シグナル伝達経路の阻害剤なのです。現在、スイスRoche社が欧州医薬庁に申請中です。中外製薬が我が国でも開発する権利を持っています。

 vismodegibは患者選別のためのバイオマーカーが設定されていないため、個の医療では現状ではありません。基底細胞がんの90%の患者さんでヘッジホッグシグナルの異常が記録されています。しかし、実際の薬効は、43%の進行基底細胞がんの患者と30%の転移基底細胞がんの患者で、がんの縮小が観察されただけに止まりました。治療効果の中央値は7.6か月でした。今まで治療薬が一切なかったために、この成績でも認可されたのですが、今後、治療された患者の症例数が増加するほど、vismodegibが有効な患者を鑑別するバイオマーカーの探索の要望が高まることは避けられないと思います。ヘッジホッグシグナルはがんだけでなく、私たちの胚発生を調節する極めて重要な情報伝達系です。実際、vismodegibの副作用として妊婦が服用した場合、死産が引き起こされることが明記されています。元々はカナダのベンチャー企業Curis社がこの薬剤を創製しましたが、最も懸念されたのは胚発生以外にも幅広い生命減少に関与するヘッジホッグシグナルを阻害した場合の副作用の懸念でした。この画期的な新薬を人類が使いこなすためにも、少数の副作用の報告でも確実に解析しなくてはならないと思います。

 現在までに実用化が進んでいる抗がん剤は、EGF受容体シグナル伝達系、B-RAF、VEGF受容体シグナル伝達系、BCL-ABR、c-KIT、ALK融合蛋白質などを標的としています。しかし、もっとがんや他の疾患で異常を起こしているシグナル伝達系やそこに属している標的たんぱく質は存在しています。vismodegibは今まで手がつけられていなかった新しいシグナル伝達系、ヘッジホッグを標的とした点で画期的です。今後、患者毎に疾患毎に、異常を示すシグナル伝達系の調節を行うことが、標的医薬による治癒戦略となります。そうなると当然、単剤ではなく、複数の違うシグナル伝達を阻害するダブルブロック、トリプルブロックなど併用療法の開発へと進むことは避けられません。そのためにも、複数のなるべく多様なシグナル伝達系の調節剤が必要だということになります。今回、米国で発売されたvismodegibは重要な標的医薬カクテルの要素となると考えています。

 問題は、併用療法の臨床試験のプロトコールがまだ定まっていない点。現在、多数の標的医薬の併用療法が臨床試験でドロップの山を築いておりますが、いずれこうした失敗の経験から、どういう疾患に対して、どういうタイミングでどんな併用を試すべきか?多分、バイオマーカーに基づいた標的医薬の併用カクテルのレシピを作り上げることができるはずです。新しい標的薬に加えて、臨床試験の革新をも要求されているのです。

 また、冷え込んでおりますが、冬来りなば春遠からじ。
 皆さん、今週もお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

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