「今日、社会秩序についてきっぱりした原理を唱えることは、それがどのような原理であっても、ほぼ間違いなく実際的でない教条主義者(doctrinaire)だという烙印(stigma)を押される破目を招く。社会の実問題は、原理原則に執着せずに具体的実利(merit)に基づいて決めること、そして対立する意見の間で妥協する用意のあることが、思慮分別の印とみられるようになっている。」――

 欧州が実利主義の果てに大戦へ進んだ道を振り返り「真の個人主義とは何か」と題した1945年経済学者のFAハイエク博士の講演の冒頭です。

 あの戦禍は社会制度の衝突ではなく世界全体に広がる実利主義がもたらした帰結だったというわけです。(http://mises.org/books/individualismandeconomicorder.pdf)

 残念ながら昨年私たちが見た政府の原発事故対応や発電事業での産官学連携、大企業の私物化の様子を見ていると我が国では未だに戦前同様に実利主義者が幅を利かせているようです。

 実利主義的判断とは例えば路地で財布を拾った高校生が金額、落とし主、目撃の可能性等を考慮して処し方を決めるような判断です。小学生にもできる法治主義やモラルに基づいた決定に比べ、それなりの経験に基づいた多くのパラメータ推定を要し、当事者が複数の場合さらに調整にも手間がかかります。

 実利主義的判断は誰にとっての実利かが最も重要で実利の算出に多くの思慮や調整のための議論が必要なものです。

 しかも実利的判断は対象の詳細や判断の主体に依存し常に結論を変える使い捨ての判断です。だから毎回積み上げができず難航する。誰を委員にするかが結論を左右する。やたらと会議の数が多く、意思決定の遅く会議が多いのは実利主義社会の大きなコストです。

 皮肉なことに今世紀に入り公共科学も原理の追究を離れて実利的な研究を世界中で要求されています。実利研究は社会に確率的でない効果を持つのでそこへ公費と投下する科学はこれまでのような放任主義では遂行できません。研究倫理や利益相反の観点から個別具体例での管理が必要になります。例えば誰にとっての実利か。人権や民業を圧迫しないか等々です。この種の管理が社会の原理を顧みる経験の少ない科学内の会議体に任されているのは実に滑稽です。そして倫理平等等の教条との附合について実利的に計算する難解な会議や意思決定のコストが限界まで増大しています。何かが教条主義を応援しなければあからさまな利益誘導や実利の衝突による不毛に陥ってしまいます。

 公共科学で本来社会全体への説得力に欠けるはずの実利的な判断がまかり通る為には判断の密室性による私化が欠かせません。高校生が財布を拾うのを世界中が目撃していれば彼は迷わず交番に届けるでしょう。そして彼も誘惑と葛藤するコストから免れることができたはずです。しかし政府公共での無数の判断の履歴を単純な情報公開によって監視する方法は監視側のコストと精度を考慮すれば現実的でありません。何かお天道様を代行する新たな手法の開発が求められています。

 昨年の15%の節電命令に対する筆者らの研究所の対応はいわゆる情報公開による監視とは違う手法への小さな希望を与えてくれました。筆者の研究所ではすでに過去数年間契約上限を毎夏超えて電力を消費しており例年自家発電でピークを乗り切っていました。そこへ15%の節電命令です。小学生なら京都議定書に従うための節電投資をするいい機会であり、研究室別に電力モニターを行い節電を義務付けをすることを苦も無く決定したでしょう。しかしながら思慮分別の教授会は教授の数だけ食い違う実利パラメーターを実利会議で合意する方法を早々にあきらめました。そして発電機をレンタルする方策しかないという大人の結論の下、事務は発電機の確保に奔走していました。

 一方大きな電力消費施設である私たちスパコン施設に身を置き、震災直後から電力消費や室温のリアルタイムモニターとその集中管理系構築に着手していた私たちは、リアルタイムの実測データと優れたビジュアライゼーションが持つ説得力を知っていました。そこで所の協力を得て測定を研究所全体の電力消費分布や買電量、自家発電量に広げ、それまでに調査した基礎情報や基礎知識と合わせてwikiにまとめ上げ研究所内外に提示してみました。(http://goo.gl/Mxq6t または 遺伝研+電力で検索)

 これで所長から学生まですべての所員が同じ量の包み隠さない事実をリアルタイムに見ることができる状態になったのです。その上で新規発電機の準備なく個別の節電規制もつくらずに規制期間に望む合意を得ました。すると所全体の電力消費は規制上限で必ず見事に頭打ちになり高級な調節を受けているように振る舞い始め、結局例年よりも少ない発電量とわずかな節電投資で苦も無く無駄なく目標値をクリアーすることができたのです。意思を持つ生き物のような想像しなかった程のスムースな変動でした。

 震災後に明らかになったように日本人には文化的に備わっている高いモラルがあります。モラルに基づく教条主義的な判断は代議員による雑な実利判断では遮断されますが、情報の整理と提示、リアルタイムの可視化を助けに分散した個別多数の実利判断においては01でなく確率的に反映され、社会全体として教条主義成分を増やすことができるのではないかという希望が持てます。

 もともと社会に関する包括的な情報の優れた可視化は統治者や管理者による情報操作の可能性を排除し強い説得力を持ちます。実データの詳細の可視化を使って世界に哲学的倫理や原理に基づく改善を迫る方法は環境問題や人権問題などに関してもしばしば用いられています。(例えばTED: http://www.ted.com/)

 また個々の貢献を即時の反映を通じて強化するのがリアルタイム表示の力です。

 納税に基づき政府の作る間接的公共ではなく皆で作り皆で使う直接公共(コモンズ 例えばhttp://creativecommons.jp/)創生にしばしば使われる手法です。

 そして今回の発見は実利判断の分散分権による高精度化が社会のモラル成分を増大させる可能性です。

 もともと現在の社会秩序の原理は神の視点で社会全体としての長期的な実利の最大化を考えることでうまれたはずです。個別の実問題に対する無力さから顧みられなくなった社会原理がビッグデータの科学のように豊富なデータの共有と可視化によって可能になる分散型の高精度の実利計算で社会の骨格として再び姿を現すことを強く期待します。