皆様、新年おめでとうございます。

 昨年あのような大きな災害と事故を経験し、今なお復旧と復興が緒についてばかりで、今後に大きな課題を抱えたまま新年を迎えた状況の中で、今年はどのような展開が考えられるでしょうか?

 皆様にとって今年はどのような年になるとお考えでしょうか?

 以下には、私が直接・間接に関係している事柄に関し、なるべく明るい側面を捉え、世界の中でどのように展開していくべきかを考えてみたいと思います。

1.スーパーコンピュータの応用が進むでしょう。
2.システムバイオロジーがいよいよ本格化するでしょう。
3.ゲノミクス・オミックスの研究成果と応用が引き続くでしょう。
4.統合データベース展開とインターネット共同研究が活発化するでしょう。
5.超チャレンジング研究の進め方について議論が活発化するでしょう。

 これら5件は、いずれも昨年の間に大きなことがあり、今年以降にその更なる発展が期待されるものばかりです。

1.スーパーコンピュータの応用

 皆様ご記憶に新しいことでしょうが、昨年6月に日本のスーパーコンピュータ「京」が、世界トップと認められ、更に11月にも2期連続でまたトップの座を堅持しました。これは計算スピードにおいて世界最速ということですが、米国や中国の激しい追い上げで、今後とも抜きつ抜かれつの状況が続くでしょう。

 むしろ私はハードウエアの開発以上に重要なことはその応用成果にあると思っています。そのために多くの優秀な研究者がアプリケーションソフトウエア開発にかかっております。

 特にライフサイエンス分野のソフトウエア開発には理化学研究所を中心とする開発グループが、分子-細胞-臓器-個体-脳 の多段階の解析ソフトの開発とその応用成果を目指して努力を続けています。

 その中の主要なメンバーは、産学協同の蛋白工学研究所(1986年~)・生物分子工学研究所(1995年~) の出身者であり、また6大学による「細胞生体機能シミュレーションプロジェクト」(2003年~) および理研の「生体力学シミュレーションプロジェクト」(2003年~)の研究者であり、これらの方々の参画で国際的レベルの強力な研究陣容となっています。

 このようにハードウエアとソフトウエアの開発が車の両輪として展開していることに、このプロジェクトの特徴があり、来年度からの本格利用開始を契機として、きっと世界に誇るべき成果を挙げ続けて行けるでしょう。期待を持って見守りましょう。

2.システムバイオロジーの本格化

 日本がシステムバイオロジーの先駆者であることは国際的に認められてきたことですが、2000年以降の欧米の国家的施策により、むしろ海外の方が盛んになって参りました。この国際動向については、私が日経BPオンライン誌、KAST「システムバイオロジー」講座、CBI学会、バイオインフォマティクス学会ほかで逐次ご紹介して参りました。その間、日本は欧米のような国家的なサポートが不十分で、進展が一時的に停滞しました。

 しかし、ここ2~3年日本の動きは非常に活発になってきました。ERATO, CRESTなどの認可テーマや、各種COEの中に、システムバイオロジーの進め方が多く入ってきました。(2010/11 JST八尾報告)。免疫・がん・微生物・植物など多様な動きが始まり、これらを総体としてみれば、日本の研究は相当の広さと厚みになってきたと言えましょう。メタボロミクスほかオミックス研究の優位性もあります。

 更に、2011年4月に理化学研究所と大阪大学の共同プロジェクト「生命システム研究センター」QBiCが発足しました、ここには、「細胞動態計測」「生命モデリング」および「細胞デザイン」の3つの研究コアが設置され、正にシステムバイオロジーの総合研究機関が発足したことになります。

 これらを合わせて、いよいよシステムバイオロジーの次の時代が始まったとの実感です。

3.ゲノミックス・オミックスの研究と応用

 昨年暮れも押し詰まって12月26日に理研横浜研究所で「オミックス医療研究会」主催の「先制医療と個別化医療が拓く未来」シンポジウムが開催されました。産官学から多数の参加者があり活発な議論が交わされました。「将来の医療の形」が示されました。

 詳細な報告は別に譲るとして、その中で今後に大きくつながることを2点だけ挙げます。

 一つは、ヒトゲノム解読後にF.Collins が著書で強調した Personalized Medicine に向けて、著実に動き始めていることがいくつも紹介されたことです。特に、PGx (PharmacoGenomics) の具体化に対応して診断マーカーと対象医薬とがセットで社会に提供され始めていることは、今後の大きな流れを示唆するものです。

 もう一つは、個人情報の扱いです。これまでプライバシー保全のことが強調されてきましたが、逆に個人情報(ゲノム、健康、写真、著述ほか)をSelf-Logとして歴史的価値をもって後世に残せる時代が来ていることが示されました。各人が自分の情報は後世の人のために提供するのだという流れが出てくれば素晴らしいことです。この情報は、将来コホート研究とは別のソースとなり得るでしょう。

4.統合データベース展開とインターネット利用国際共同研究

 昨年ライフサイエンスデータベース関係で3つの動きがありました。

 一つは、欧州ライフサイエンスデータベースコンソーシアムELIXIRが4年近い検討の結果を踏まえて、2011年11月にその拠点構築の具体化ミーティングを行いました。そしてその資金的支援をまず9月に6ヵ国が表明し、11月に英国が大きな支援を表明し、同時に欧州に数か所の情報Hubを持つこと、その中央HubをEBI/EMBLに置くことが発表されました。

 もう一つは、日本のライフサイエンスデータベース統合化の動きが活動化してきたことです。2011年4月にJSTに統合データベースセンターDBCLSができましたが、12月13日に4省ライフサイエンスデータベース総合ポータルサイトを開設したと発表しました。このことは省庁の壁を乗り越えた具体的な動きとして画期的なことと思います。同14-16日に横浜で行われた日本分子生物学会年会では、データベース総合展示コーナーが期間中開設され、またデータベースワークショップが開かれ、これまでに比べ一般の方々に全体の活動が格段に分かりやすくなってきました。

 三つ目に、理研が進めている ”SciNetS” と “BioLod.org” が急速な展開をしております。セマンティックウエッブ、クラウドコンピューティング、ソーシャルネットワークシステム等の最新の情報技術を駆使して、データベースの開発と連携・統合を容易にするばかりでなく、異分野研究者による仮想ラボの形成を容易にすることが可能です。昨年12月にはこのシステムを欧米 (ロンドン、アトランタ)で公開説明し、国際的な注目を集めました。新しい形の国際共同研究やコンテストの展開が期待されます。

 ライフサイエンスデータの多様化と急増により(次世代シーケンサー、イメージ情報等)バイオインフォマティクスの重要性はますます高まって来るでしょう。英国サンガーセンターのリーダーDr. Tim Hubbard は2011年11月に東京鎌田で開かれた蛋白工学研究所設立25周年記念会講演の中で、「ライフサイエンス研究機関におけるバイオインフォマティクス活動のウエイトは、現在の10~20%から将来は50%位になるだろう。」と喝破しました。Nature誌が1995年に、世界初のゲノム(インフルエンザ菌ゲノム) 配列情報を解析したEBI のDr. Chris Sander等の画期的な研究成果をみて, “Bioinformatics comes of Age” と述べたことが、正にその通りになりつつあると思います。

5.超チャレンジング研究

 「生命をはかる」研究会が今年度の事業として、「超チャレンジング研究をどう進めるか」という検討を始めています。2011年6月から4回の公開研究会をはじめ検討委員会・インタービュー等で調査を進めてきており、今年度内には報告を出す予定です。

 この検討は、CASP (タンパク質立体構造予測法コンテスト、1994年から2年毎)や1000ドルゲノムワークショップ(2002年、ボストン) などのような、当時とてもできないと皆が思っていたテーマを旗揚げして世界中の多くの知恵や技術を動員して解決に向かうという流れを、日本からでも提唱できないかということがきっかけとして始まりました。

 「出来たらすごい」「分かったら素晴らしい」というような研究テーマを発掘・創出する仕組みや、そのテーマ解決に異分野や国際的な「知や技」を動員する仕組みを考えて行こうということです。その根底にオープンサイエンスの精神を貫きたいと考えています。

 子供でも大人でも思い切って時空間を超えた発想ができれば良いでしょう。モノだけでなくコト(システム・仕組み・サービス等)も対象としています。ただ、「超チャレンジング研究」と言っても、基本は「人類愛」「隣人愛」「自然愛」に基づくものを対象とし、逆に「悪意」「倫理に反すること」を除きます。

 この会は最初からオープンで、その内容は「生命をはかる」研究会のホームページにあります。これまでにも非常に多くの方々からお話やご意見をいただいてきておりますが、今からでもコメントがございましたら、八尾yao@riken.jp 宛にお寄せください。
 
 以上、明るいテーマを列挙しましたが、我々日本人にとって昨年の東日本大震災と原発事故のことは、心に深く残っていることです。色々なことを考えさせられました。

 人間の弱さと強さ、自然の恩恵と脅威、科学の貢献と限界、皆様それぞれにお考えのことと存じます。その上で、自分のこと・今のことだけでなく、次の世代・更にその先の世代のために、そして世界のためにどのように対処していくべきか、日々考えさせられます。

 この新しい年が皆様にとって明るいものでありますようにお祈りいたします。