ここ十数年ほど、私は自分の言いたい通りのことを言ったことがない。第一の理由は、世間(嫁、秘書、部下を含む)が怖いから、つまり私がその実力通りの弱者だからだ。第二の理由は、立場の強弱とは無関係に、言いたいことを言うとまさにそのせいで自分が幸せになれないからである。日本の学者、企業、政府、メディアの世界は狭い。私が何かを叫べば、誰かがそれに反応する。その反応を予想して私が行動する。だから言いたいことは言わない。経済学の寡占、ナッシュ均衡の概念を思い出そう。

 私はお上の批判はしない(そんなことをしたら村八分にされる)。大学についてはコメントしない(ヘタするとクビになる)。製薬企業の批判もしない(情報と人材とお金の交流が絶たれる)。近しい学者・研究者の研究は批判しない(私の研究費の申請書や投稿論文の査読をするのは間違いなく彼らだ)。メディアを批判しない(社会的人格の生殺与奪は彼らが握る)。私が堂々と批判的に論じることができるのは、私の言動に左右されないこと、例えば八ッ場ダム建設再開の可否や今晩の夕食のおかずの種類くらいだ。

 年の瀬になって素晴らしいニュースがあった。中村祐輔先生の医療イノベーション室辞任と海外への移籍である。「何が素晴らしいのか!日本が危機的な状態なのに」と私に憤る方、あるいは「あの先生は自分勝手だ。日本を捨てるなんて!」と(たぶん会ったこともない)中村先生に憤る方しか私の周りにはいない。でもどちらの憤りも、しょせん今晩の夕食のおかずの心配くらいに聞こえてしまうのはなぜだろう。

 中村先生を素晴らしいというのはむろん皮肉ではない。本心である。お役所の仕組みや制度が硬直化していてどうにもならない日本に見切りをつけたことをはっきり宣言し、辞表を提出し(まだ出してないかもしれないけど)、自らの足で米国に「投票」するというまさにその点を格好いいなぁ、本物の研究者はさすがだなぁと、逆立ちしてもそういうレベルの研究者にはなれない自分は思うのである。実力があればこういう風にシグナルを発することで社会の均衡に影響を与え得るという好例だ。

 毎年書いているが、日本国内の新薬開発活動をめぐる状況は悪化し続けている。誰も本気で悪化を食い止めようとはしないのだから、不思議でも何でもない。日本人は逍遥と没落をも受け容れる覚悟ができていると見るべきかもしれぬ。R&D活動の毎年の推移などには一喜一憂しない。成熟した国家にはかくのごとき落ち着きが必要だ。

 しかし、そのような泰然自若を支える理論武装の貧弱さはいただけない。治験活性化策と称する政策によって日本の治験が増えたと嬉々として主張する方々は「治験が増えた」→「活性化策の効果だ」とおっしゃる。しかし「薬を飲んだ患者が治った」→「薬の効果だ」という理屈で医薬品医療機器総合機構(PMDA)に新薬承認申請したら、「あんたらバカか?」と3秒で審査官に撃墜されるのが常識のこの業界で、どうしてそのような主張がまかり通るのかが私にはさっぱりわからない。こういう方々の口癖が「れぎゅらとりーさいえんすの推進」だったりするのも物悲しい。

 話をまとめよう。今年も日本のバイオ・製薬産業の勢いが自然に上向きになるような僥倖など天から降っては来ない。外国の肉食獣にまた少し齧られて、少し小さくなるだけである。でも大丈夫、齧られるのはほんの一年分だけだから、まだ死ぬことはない。

 今年の年頭所感でも言いたいことが言えた気がしない。読者もすっきりしないだろう。すっきりしたい読者は、私以外の真正の識者やキーパーソンの方々の年頭所感を読んで威勢のよい気分になってください。お正月なんだもの。