2012年は米Acucela社(アキュセラ、ワシントン州シアトル市)にとって会社設立10周年という節目の年である。一般的にはベンチャー企業で10年というと長い期間に感じるが、こと“バイオ”ベンチャーにおいてはそうとも限らない。米国における一般的な薬剤開発にかかる年数は平均12年と言われているが、これはがん治療薬など短期的に使用する(あるいは一生服用する訳ではない)薬剤を含めての期間である。我々のような加齢性黄斑変性症といった慢性疾患に対する治療薬開発の場合は、より高い安全性が求められ、さらに長い開発期間がかかることも珍しくない。

ビジョンに忠実に、しかし常に変革を

 アキュセラ社は、最初は薬剤スクリーニングの受託事業で創業した。しかし、事業を開始して数年たった頃、当初のビジネスプランでは事業として成功させるのが極めて困難であることが明らかになり、途中から創薬型のビジネスモデルに大きく方向転換した。起業してから事業の成功までは、長い道のりである。そして、当初予測されていなかった商業化、実用化に関する技術的な壁に直面し、当初の技術を改良、あるいは全く根本から考え直さなければならないことがあるのである。

 このように、大きくビジネスモデルを転換したにもかかわらず成長し続けてこれた理由は、設立当初から「失明を地球上から撲滅する」というビジョンを掲げ、それが今に至るまで全くブレていないことだと思っている。事業が変わっても、このビジョンがブレずに、また社員と共有できたため、社員がついて来てくれたのだと思う。

優秀な人材はベンチャーへ

 10年を振り返り、米国で起業して一番良かったことは何かと聞かれた場合、私は迷わず「専門性の高い人材を確保しやすいこと」だと答える。米国では「やりがい」や「夢」を求めて、優秀な人材ほどベンチャーに行きたがる。ベンチャー企業は存続させるだけでも難しいが、それだからこそ、選りすぐりの人材でドリームチームを作らないと成功するはずがない。我々のやっている眼科領域の研究者はそれほど多くはないので、世界中から人材を確保しなければならない。実際、今ではアキュセラ社は10カ国以上から来た人材に支えられている。人材の多様性は、全く未知の困難に直面したときに打開策のレパートリーを増やす意味でも、ベンチャー成功にとって重要な要素であることを痛感している。

 しかし、そうは言うものの、ベンチャー経営は道なき道を切り開く、試行錯誤の連続である。社員も絶えず変化し続ける環境に適応できる者だけが残り、そうでない者は去っていく。バイオベンチャーに初めて就職した者の半分が合わずにやめていくと言われているが、まさにその通りであった。本人としては考え抜いて、家族とも相談して、バイオベンチャーが何たるかの情報をあらゆる方法で収集して、自分にはバイオベンチャーが合っていると結論を出して参加したにもかかわらずである。実際に、入社した社員の多くは結婚するときよりも大きな決断だったと言っている。しかし、環境変化に適合して残った人材は本当にすばらしい。

 私にしても、Washington大学をやめてバイオベンチャーを始めようと思ったときも、かなり周囲から驚かれたし、反対もされた。大学の安定した職を維持して、経営は誰かに任せて、科学顧問として参画し、たまに会社に顔を出してサポートする方がよほど合理的だと誰もが異口同音に言った。実は、米国でもそのような学者がほとんどであり、ベンチャーが多い反面、慎重な人もまた多いのである。

夢の実現に向けて

 今、起業してから10年が経ち、80人を超える仲間に囲まれて仕事する毎日を送っているが、私はとても幸せである。自分が思い描いたことが、選りすぐりのエキスパートの手で着々と目の前で実現されて行くのを見ていると、夢の実現に一歩ずつ近づいているのかなと思う。会社を登記して、自宅の地下室をオフィスにして、たった一人で資金集めに苦労していたころが懐かしい。同時に、私のビジョンに共鳴してくださり、辛抱強く、事業をやらせて下さっている投資家、製薬企業パートナーのサポートには感謝の気持ちで一杯である。

 皆さんも、もし機会があったら米国でのベンチャー企業を経験してほしい。ゼロから物事を自分の思った通り創れる可能性や、うまく行けば世界を変えられる可能性といった大きな魅力がそこにはある。この10年、毎日走り続けてきた。これからも、「失明を地球上から撲滅する」ために、走り続けていきたいと思う。またチャンスがあったら日本でも、世界中から人材が集まりたいと思うような魅力的な起業環境を構築することに尽力してみたい。