2011年、東日本大震災と今も続く原発事故がすべての日本人、そして世界の人々に多大な影響を与えた年でした。被害に遭われた方やそのご家族、友人の方々に心からお見舞いを申し上げます。このような時に、新年明けましておめでとうと申してよいのか、新年の展望と抱負などかけるのだろうか、などと自問自答しておりますが、私なりのワクチン、アジュバント開発研究関連の近未来を夢想することをご容赦ください。

 2011年のノーベル医学生理学賞は、自然免疫の研究とそれをワクチンの効果に結びつける鍵となる細胞、樹状細胞の研究の先駆者に与えられました。これらの研究により分子レベルでのワクチン、アジュバントの作用機序解明が進んだことで、インフルエンザウイルスやがんをターゲットとしたワクチン開発研究に多くの製薬企業が参入を表明するなど、ワクチン、アジュバントをとりまくR&Dは、急激に活発になっています。その対象は感染症にとどまらず、がん、アレルギー、自己免疫疾患、高血圧、糖尿病、アルツハイマーなどの疾患にまで広がりを見せています。ワクチン療法、およびその必需品で調味料的なアジュバント技術は、コストパフォーマンスが高く、予防的で、かつ横糸的な医療技術になる得る可能性を秘めているといえましょう。

 開発手法、戦略にしても、経験則的なワクチンアジュバント開発は過去のものになりつつあり、薬学、化学、工学などを巻き込んだDDS(薬物送達システム)の開発研究や、バイオインフォマティクスによるワクチンのOMICS(Vaccinomeとか、Systems Vaccinologyとも)なども巻き込んで、Toll様受容体(TLR)リガンドなどを中心とした次世代アジュバント開発が世界中で激しい競争になっています。世界のトップレベルをほこる日本の免疫学や上記関連研究分野ですが、その成果が日本発のワクチン、アジュバント開発研究にどこまで寄与することができるかで日本が生き残れるかが決まってくるでしょう。個人的には、多岐にわたる学問領域をいかに融合できるか(いかにいいチームが組めるか)、OMICSデータベースなどの構築で、いかに世界でリードできるかも鍵をにぎると考えています。

 一方で、これらの「知見」を「治験」につなげ効率よく新世代のワクチン、アジュバントを医療に還元するには、まだ非常に多くの課題が残されています。ワクチン開発の道のりは、特殊性が高く、他の薬剤と比べても長く険しいものです。前臨床試験から臨床現場まで、関与するヒトの数、費用、年月は数十年前に比較すると膨大なものになってきています。この問題の解決、改善には、開発側の研究者や企業の努力だけでは不十分で、審査行政やワクチン行政の力もいかんなく発揮されることが重要だと思われます。規制当局としての立場だけでなく、ワクチンというグローバルな開発が前提の製剤が日本から続々と出てくるためには、欧米に追いつけ追い越せという観点を転換して、韓国、中国、インドなどのアジア諸国と連携しつつも日本がリードする形で規格を作っていくといったことも必要ではないでしょうか。この「規格」がいいものであればあるほど「規格ごとの輸出国」を目指せるのではないかと期待しております。携帯電話や新幹線がそうであったように開発側の「モノ」だけの輸出はリスクが高いのではと思いますし、日本の「高品質」すなわち「安全、安心」というブランドが日本のワクチンにも存在することをアピールする最大の武器だと思います。

 ワクチンのもう1つの特殊性、つまり世論などによるワクチンの安全性に対する厳しい監視の目も過去20年間新規のワクチン開発が特に日本で停滞してきた理由になっています。今回はワクチンが持つ社会的な側面は割愛します。しかし、サイエンスの側から見てもとりわけアジュバントの持つ強い生物学的活性はまさに諸刃の剣です。アジュバントはワクチンが効くためには必須のもの(くすり)ですが、実験的には自己免疫疾患や自己炎症性疾患を誘導できるほどの「毒」ともなりえます。医薬品開発には避けられないジレンマとはいえ、アジュバント開発は、有効性だけでなく安全性も向上させる研究、すなわち、その分子レベルでの作用機序解明といった地道な努力、「急がば廻れ」の精神が必要と思われます。

 ただ、この一見つまらなそうな安全性の研究が、実は今後のブレークスルーに繋がると私は期待しています。アジュバントの「毒性」の分子メカニズムを明らかにすることは、ワクチンアジュバントの有効性と安全性の両方の向上に役に立つだけでなく、何らかのアジュバント分子(因子)が悪さをする病気の診断や治療に役に立つかもしれません。例えば、シリコンなどによるいわゆる「アジュバント病」、アスベスト肺、尿酸結晶による痛風、小児を中心とした原因不明の自己炎症性疾患群やベーチェット病、クローン病、そしてリウマチなどの自己免疫疾患の原因や病態の解明に迫ることになるかもしれませんし、あらたな治療方法、例えばアジュバントのアンタゴニストを医薬品として開発できる可能性を秘めているかもしれません。

 まれな副作用だから、といってきちんとその因果関係が示されず長らく無視されてきた疾患、そしてその患者を対象とした研究を誠意をもって行うことがワクチンやアジュバントを開発、研究する者の責務ではないかと痛感するしだいです。