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  ちゃんとGreen Innovationしたい!(3)
                  ネオ・モルガン研究所 藤田朋宏社長
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 ネオ・モルガン研究所の藤田です。現在、有用バイオマス生産のプロジェクトのためにボルネオ島に来ておりましてマレーシアの人々の活気と喧騒に包まれながらこの原稿を書いています。

 過去二回のこの連載では、日本には数多くのGreen Innovationに寄与する素晴らしい技術シーズと、数多くの勤勉で有能な研究者・技術者が居るにも関わらず、「理論上ありえないこと、おかしなこと」を言っているプロジェクトに政治家やマスコミが群がり、既に大きな投資されてしまっていることと、そのことが理由で健全な技術開発を行うプロジェクトが地味に見えてしまうために、研究資金が集めづらくなってしまっていることを皆様と共有してきました。

 不誠実なプロジェクトに投資が集まってしまう理由にはさまざまな理由が挙げられますが、大きな理由に客観的に横並びでプロジェクトを比較するための基準が無いことがあるのではないかと思っています。

 例えば、バイオプラスチックという単語一つにしても、「バイオプラスチック」と聞けば、サトウキビのようなバイオマスから、微生物や酵素を利用したバイオプロセスを経て、プラスチックの原料である化合物を生産していることを想像します。もちろんこのような生産プロセスを経た「バイオプラスチック」も存在しますが、現実は「バイオプラスチック」を構成する複数の化合物のうちの一つの化合物の生産過程における一つの反応においてのみ微生物を利用している場合も「バイオプラスチック」と呼ばれます。後者の生産プロセスを経たプラスチックをも「バイオプラスチック」と呼び、新しい市場を形成していくことは、Green Innovationを一歩でも前に進めるためのステップとしてとても重要なステップであり、我々も貢献すべき取り組みであると個人的には考えていますが、生産プロセスの全てをバイオプロセスで行う場合も、一部をバイオプロセスで行う場合も、全て同じ「バイオプラスチック」としか呼ばれないのであれば、さらなる技術開発に対する期待やモチベーションを落とすことにつながる可能性があります。公的な機関が、ラクトアイスとか乳製品のように「バイオプラスチック」の定義を決めることでこの状況が変わるかもしれないと考えていますが、一方で、公的機関の介在により開発のスピード感が失われるだけになるだけなのかもしれません。

 もう一つの例として、多くのマスコミがバイオ燃料の取り組みを取り上げるときには必ず、「80円/Lで作る技術!」などという言い方をされます。世間の注目を集める上で、具体的な数字を挙げることは大変重要だとは思いますが、この80円/Lという発表が、「プラントさえ作れば今すぐに80円/Lで生産できる」と言っているのか、「今プラントを立てても2000円/L掛かるが、80円/Lに生産コストを下げるために必要な技術開発のうちの一つに成功した」と言っているのか、「80円/Lで生産できるようにしたいという意気込み」を言っているのかが全く曖昧なままに数字だけが飛び回り、数字だけが比較されてしまう状況が続いています。

 バイオ燃料は極論すれば「太陽光と水と二酸化炭素」があればどんどんできるので、原材料費は無料、土地代は田舎なので格安、プラントは助成金で作るから無料で、人件費の計算方法はよくわからないので入れない、といった前提を立てると簡単に数十円/Lという試算がはじき出されます。しかし実際にバイオ燃料を大量生産しようとすると、水も二酸化炭素も無料ではありませんし、日本はたとえどんなに田舎でも数十円/Lの原料を作るのは困難である程度に土地代は高く、プラントは少なめに見積もっても数十億円は下らないので20年で減価償却してもそれなりの額になりますし、日本人の人件費を無視したコスト試算に意味が無いことは言うまでもありません。さらに大学の先生の試算には忘れられがちな廃棄物処理に必要なコストも莫大です。副生成物を化粧品原料などにすることでコストダウンをはかるという手もありますが、化粧品原料として必要な量は、燃料の生産量と比べたら無いに等しい程少ないため、コスト構造の改善に寄与する試算は困難です。

 こういったバイオ燃料の生産コスト試算についても公的な機関が、コスト算出方法の基準を作ることで「現状は2000円だけど、この課題をクリアできれば150円生産コストが下げられる」と比較するようになれば、過去2回で書いてきたような不誠実なプロジェクトが蔓延することを牽制できるのかもしれません。ただ、公的機関が基準を作ることで改善することもあれば、悪くなることもあるのが世の常なのが難しい所だと思っています。