12月11日の早朝に、バルセロナvsレアルマドリードの伝統の一戦、クラシコが開催されるので、今から興奮しております。この戦いにはサッカーを超える美しさがあります。北朝鮮のマスゲームのような気持ち悪さとは対極の自由な個がピッチを舞う、躍動美に心が震えます。人間にとって自由がこれほど大切なのか。実際には柵に絡まり自由など得られない下々に、一夜でもピッチで夢を見させてくれる。サッカーがグローバルコンテンツになるのは必然です。ローマ帝国の統治の要もpanem et circenses。ユーロ危機でも生きていかなくてはならない市民の憂さ晴らしです。しかし、今年は大いに荒れそうな予感がしますね。

 さてバイオです。

 現在、宇都宮大学で植物ウイルス学の講義を受けています。学生さんが素直に授業に耳を傾けているのには感心しました。学力低下により教室がまるで、高校のように荒れているという噂はごく一部の大学のようです。昨日も女子医大のシンポジウムでいじめが横行していた高校の校長先生が、思い余って障害者と室内ホッケーをやるプログラムに一クラス全員を参加させたところ、最初は嫌々だった生徒が悪戦苦闘しながら障害者のお世話をし、ゲームに参加することで、自尊心と利他心に目覚めた結果、なんといじめが学校から一掃された実例をうかがい、今の教育が失ったものの大きさを知りました。東日本大震災の復興でも、無名の若者たちが奮闘しています。今の若者は信頼に足ると信じることが、世の中を明るくします。我々の古臭い考えを押し付けず、信じて信じて信じ倒せば、若者も困り果てて、自立するだろうという悪企みでもあります。この報告は細川元首相の奥さんの報告でした。彼女が身銭を切って支援しているスペシャルオリンピックスは注目に値します。商業主義に堕したオリンピックとは別世界がここにはあります。
http://www.son.or.jp/

 遺伝的背景と交通事故などの現代文明が生む障害者と共に喜び生きていく重要性は個の医療の関係者にとっては、説明するまでもないでしょう。驚くことは人間や人間集団には他者を助けることで喜んだり、成長する能力が備わっていることです。むしろ人間をペーパーテストで能力分けして教育する、まるで品質管理を目的とした工場のような教育システムそのものに問題があったと思います。均一な集団ではコミュニケーションの必要がなく、微々たる違いに眉を逆立てて競争する瑣末主義がはびこります。コミュニケーション能力の衰退と瑣末主義こそ、日本がイノベーションを起こすことを阻む最大の敵であると思います。

 先週の水曜日に開催した1ギガシーケンスの挑戦と銘打ったセミナーに多数ご参加いただきありがとうございました。今回のテーマは次世代シーケンサーの大衆化が何をもたらすか?でした。今回は医療に絞って議論しましたが、ゲノムシーケンスの研究は、プラットフォーム技術を開発する段階から、ゲノム解析のトランスレーショナル研究、つまり患者さんの治療や感染症防御や、そして勿論、個の医療の実現など、皆さんのお役に立つ応用ゲノム研究に移行すべきであるというのが、ざっくりとした結論でした。最大の問題はゲノム解析のコストが増大です。1000ドルでゲノム解析できても、情報解析に1万ドルかかっては実用的ではありません。

 実際、急速の膨れ上がるゲノムや他のオミックス、そしてカルテ情報などフェノタイプとの情報のとつ合と関連性解析によって、治療や予防、そして患者の個別化に有用な情報を抽出する作業は、どんどん煩雑となりコスト上昇と全世界の計算機能力の枯渇を招く恐れがあります。2035年までには、世界中のインターネットなどのネットワークを維持するだけで、全世界の発電量の半分が消費されるという推測もあり、現在のチューリングマシーンとは別な情報処理原理が必要となっています。それが2ワット/時しか消費しない脳から得られるのではないか?というのが大阪大学の柳田教授の主張です。

 2011年12月6日、米国のゲノム研究をリードしている米国立ヒトゲノム研究所(NHGRI)はヒトゲノム解読を実現したGenome Sequencing Programの次期研究テーマを発表しました。これが 、奇しくも私たちが11月30日に出した結論とまったく同じ。巨大シーケンスセンターの基盤を生かしながら、ゲノムの医学応用を目指したトランスレーショナルゲノム研究と情報技術の研究に軸足を移したものでした。4年間で4億1600万ドルを投入します。
http://www.genome.gov/27546261

 1996年以来、Genome Sequencing Programはまず大規模シーケンス基盤の整備を行い、2003年4月にヒトゲノム完全解読を実現しました。その後はEncode計画などゲノムの機能配列の全解析や1000人ゲノムやHapMapなどヒトの多様性解析を進め、さらにはCancer Genome Atlasなどがんの遺伝子変異のカタログ化を進めてきました。今回のプログラムでも、既に確立している3か所の巨大ゲノム解析センター、CambridgeのThe Broad InstituteとSt.LouisのWashington大学のThe Genome Institute、HoustonのBaylor医科大学のthe Human Genome Sequencing Centerに、毎年8600万ドルの研究費を提供します。糖尿病や循環器疾患のゲノム解読を行いますが、重点はこうした大量なゲノムデータを解析する情報技術開発に焦点を当てています。複合的な原因によって生ずる糖尿病や循環器疾患では主要な疾患遺伝子を見つけるよりは、疾患の複数のパスウェイにまたがる変異と環境因子の相互作用の解析が不可欠です。こうした領域では既にゲノム解析よりも、意味あるゲノム情報の抽出するためのソフトウェア開発に技術突破が期待されます。情報技術の技術革新とそれを担う情報技術者の養成を眼目としています。
 
 投資金額はNational Heart, Lung and Blood Institute(800万ドル)と合わせて4年間で合計4800万ドルと少ないのですが、実は最も疾患の診断と治療にインパクトを与えるプログラムにも資金提供を開始しました。SeattleのWashington大学Center for Mendelian Genomics、New HaevenのYale大学 Center for Mendelian Disorders、Baylor-Johns Hopkins Center for Mendelian Genetics の3つのセンターで、1遺伝子変異(正しくはメンデル遺伝に従う遺伝病)による遺伝病の全ゲノム解析を行おうというプログラムです。こうした疾患は難病と呼ばれ6000疾患以上存在します。その原因遺伝子を家系情報を活用して、今までのGWAS(ゲノムワイド連鎖不平衡解析)では見い出せなかった集団中に稀にしか存在しないが、疾患を引き起こすリスクの高い疾患遺伝子の探索に乗り出したのです。この考えは、私たちのセミナーで東京大学ゲノム医学センター長の辻教授が現在着手している精神神経疾関連の難病のゲノム解析プログラムに酷似しています。我が国が先行したというべきです。遺伝的均一性が高く、医師の診断レベルが高い我が国がリードする可能性があると期待しています。しかも厚労省が難治性疾患の研究班で研究を営々と続けており、患者の集団も研究者も我が国は揃っているという好条件です。この分野で我が国は貢献しなくてはなりません。新規標的が見つかった場合の創薬と診断薬開発のビジネスモデルも同時に構築し、我が国の製薬企業の参画を促す必要もあります。現在、知りうる知識では難病の原因遺伝子が、糖尿病、がん、神経疾患、循環器疾患などの原因遺伝子の一つである可能性も出ています。米国のゲノム研究はそうした仮説、つまり希少疾患の原因遺伝子が一般的な疾患の背景遺伝子変異でもある、を検証することも狙っていると思います。

 我が国のアキレス腱は、ゲノム情報の取り扱いについて社会的な合意形成が遅れていることと、インフォマティクスの研究者の人材不足です。現在、作業が進んでいる3省のゲノム指針の改定が、足を引っ張りかねない。生命倫理学者も法律家も行政官も、ゲノム科学の現実をもっと勉強して対応願いたい。個人情報保護法という行き過ぎた法律を見直すことも含めて、日本だけのガラパゴスのような議論は止めていただきたいと願っています。人類遺伝学会や他のゲノム解析の恩恵を得る学会、患者団体も声を上げるべきでしょう。

 さすがだと思うのは、NHGRIの今回のプログラムで、4年間4000万ドルを投入してゲノム情報を医療現場で活用する手法やシステムを開発する学際的な研究計画、Clinical Sequencing Exploratory Research Projectsを開始したことです。Baylor医科大学、Brigham and Women's Hospital、Children's Hospital of Philadelphia、University of North Carolina、University of Washington,が参加します。こうした研究が前の段落で私が愚痴をこぼした、我が国のゲノム医療環境整備にもつながると思います。確かに、倫理学者や法律家の勉強不足をただ嘆いていても芸が無い。実際にゲノム情報を医療で活用することを前提に、皆で知恵を出し、倫理学者や法律家も共に成長する研究プログラムを我が国も立ち上げなくてはならないでしょう。我が国難病ゲノム研究や次世代がんゲノム研究も患者のゲノム解析の基礎研究だけにこもらず、日本の医療でゲノム情報をどう患者にお返しするか、真剣に考えていただきたいと思います。医療をゲノムで変えるため、もう病棟に入り込まなくてはなりません。

 今月中旬、米Pacific Bioscience社の第3世代ゲノムシーケンサーが東京大学付属病院のゲノム医学センターに設置されます。我が国のゲノム医学のエンジンである辻教授が、これで何を目指しているのか?うかがうことが楽しみです。

 今週も、どうぞお元気で。

             日経バイオテクONLINE Webmaster 宮田 満

ご連絡は、https://bio.nikkeibp.co.jp/inquiry/