こんにちは。第2、第4金曜日を担当する日経バイオテク副編集長の河野修己です。

 日経バイオテクの最新号(11月21日号)の「業界こぼれ話」で、米Geron社を取り上げています。同社は、世界で初めてヒトES細胞由来の細胞を使った臨床試験を開始したバイオテク企業として有名です。
日経バイオテク11月21日号「業界こぼれ話」
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20111123/158071/

 この記事では、同社のCEOを含む複数の経営幹部が臨床試験開始後に次々と交代したのは、ES細胞関連事業の推進派と消極派が対立し、推進派が敗れたからだと指摘しています。この記事を読まれた読者の中には、「あれっ」と思われた方がいるかもしれません。というのも、この記事が公表される6日前の11月15日に、Geron社はES細胞関連の臨床開発を中止し、事業を売却するとの発表をおこなったからです。

 米Geron社、資金難でヒトES細胞の臨床開発を放棄、事業売却へ、38%の従業員を解雇
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20111116/157944/
続報、米Geron社、ES細胞の臨床試験を中止、予想されていた今回の事態
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20111116/157924/

 編集の裏事情を明かすことになるのですが、11月21日号の編集作業が完了したのはGeron社の発表と同日の15日で、時差があるため発表の方が半日ほど遅いというタイミングでした。この記事に試験中止の話が載っていないのは、執筆時には発表内容を知らなかったからです。Geron社は、我々にとって最悪のタイミングでリリースを出してくれたというわけです。

 さて、一番上のタイトルの件ですが、11月22日から23日にかけて新聞各紙が、浜松医科大学の抗がん剤に関する研究成果の記事を掲載しています。この研究成果はPNASに掲載されたのですが、その内容は腫瘍の新生血管に集まる性質のあるペプチドにSN38(イリノテカンの活性代謝物)を結合した化合物を作製し担がんマウスに投与したところ、副作用を観察することなく腫瘍はほぼ消えたというものです。

 新聞各紙の見出しを見ると、「副作用ほとんどない抗がん薬、浜松医科大が開発」(読売新聞)、「新生血管標的の抗がん剤、浜松医大グループが開発」(日経)、「新生血管のみ標的の抗がん剤、浜松医科大研究グループが開発」(信濃毎日新聞)など多くの記事で「開発」という言葉が使われています。本文中で、「開発した」と書いてある記事もありました。「開発」を辞書で調べると、「実用化されること」とあります。つまり「開発した」とは、「実用化が終わった」と読み取れます。

 このメルマガの読者の方ならご存じでしょうが、動物実験で確認された効果が臨床試験で出なかったり、動物実験で表れなかった副作用が臨床試験で発生したりという事例は、当たり前のようにあります。というよりも、動物実験の有効性と安全性がそのままヒトでも発揮される薬など皆無でしょう。臨床試験も始まっていない段階で、「開発」という言葉を使うのは、いくらなんでも勇み足過ぎます。

 新聞の場合、最初に記事を書いた担当者と、記事の校正・見出しの担当者が違っていることが普通です。最初は科学技術に明るい記者が書いていても、その後は専門知識のない記者が引き継ぎます。また、見出し担当者はおうおうにして、読者を引きつける派手な見出しを付けたがるものです。「動物実験で効果」とするよりも、「開発」と書いた方が読まれるのでしょう。だからといって、読者をミスリードするような記事を掲載していいわけではありません。おそらく浜松医大には、「この薬はどこで手に入るんだ」といった電話が殺到しているでしょう。この例に限らず、医療技術関連の新聞記事は、同じ過ちを繰り返しています。

 ちなみにこの論文に関する本誌の記事の見出しは、以下の通りです。
浜松医大、米Sanford-Burnham医学研究所、糖鎖を模倣したペプチドが腫瘍血管に抗がん剤を送り届けることを発見
https://bio.nikkeibp.co.jp/article/news/20111121/158010/

 患者をぬか喜びさせる愚をそろそろ終わらせるためにも、日本医学会あたりが音頭を取って、定期的に記者向けにレクチャーしてはどうでしょうか。